ピストル
BGM
月のほとりで
脚本家
mayoi
投稿日時
2015-02-27 16:27:34

脚本家コメント
それは不可視の銃創のお話。

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横山奈緒
お疲れ様です、まだ帰ってへんかったんですね。
豊川風花
ん……なんだか懐かしいなって。
横山奈緒
事務所に入る前の話ですか?
豊川風花
そう。こんな風にベッドの傍で、夜を明かしたことがあったっけ。
豊川風花
………………。
横山奈緒
風花さん、まだ看護に未練が――。
豊川風花
ないわよ。私はもう医療に携わるべきじゃないの。
横山奈緒
でも――。
豊川風花
奈緒ちゃんは分かってない。
横山奈緒
すみません。
豊川風花
……ごめんね、言い過ぎた。
豊川風花
西部劇が好きな、今どき珍しい子だったの。
豊川風花
しかも戦前に撮られた古いのばかり。白人の主人公が悪役を倒す、毎度お決まりな展開の。
豊川風花
注射が嫌いで、あ、みんなそうかしら。
豊川風花
でも「良い子にしてたらガンマンさんになれるよ」って言うとね、恐るおそる腕を差し出すの。
豊川風花
それで針を刺すと、案の定泣くのよね。
横山奈緒
ずいぶん楽しそうに話すんですね。
豊川風花
でもね、なれる筈がないのよ。
豊川風花
成長期の子の体重が日に日に落ちていくの、信じられる?
豊川風花
本当は分かってた。その子はもう助からないって。
豊川風花
初めて会った時には日焼けしてたその肌が透き通っていくのが、見ていられなくて。
豊川風花
私はそのすっかり白くなった腕に針を刺すことができなかった。
豊川風花
そんな私の視線に気付いたのかしらね。
豊川風花
あの子、震える手をピストルの形にして、バーンって言って笑った。とても穏やかな笑顔だった。
豊川風花
そのとき私の胸に空いた傷口がね、ふさがらないのよ。
横山奈緒
………………。
豊川風花
全ての患者さんに等しく愛を注ぐこと。思い入れないこと。
豊川風花
そんな事もできない私は、医療の場には必要ない。
横山奈緒
そないアホらしい理由で逃げたんですね。
豊川風花
……っ!
横山奈緒
そして未練を捨てきれず、まだ逃げ続けてる。
横山奈緒
分かってへんのは風花さんの方です。
横山奈緒
その子、最期にどないな顔しました? その表情に後悔なんてありました?
横山奈緒
私には分かります。その子はたった一発だけ残った弾丸を、風花さんのために使ったんです。
豊川風花
………………。
横山奈緒
ここまで言っても分からへんのなら、ハッキリ言わしてもらいます。
横山奈緒
風花さん、あなたは出来損ないなんかじゃない。生粋の看護師ですよ。
横山奈緒
薬やメスじゃ救えない人を、救ったんです。
豊川風花
……そんなの、遺された側の言い訳よ。
横山奈緒
そうです。その子がどう思うてたかなんて、私らには分かりません。
横山奈緒
でも、もう確かめられないからこそ、風花さんはその可能性を抱いて生きていける。
横山奈緒
信じるかどうかは、風花さんに任せます。
豊川風花
……全然、わかってない。
豊川風花
私がどんな気持ちだったか、奈緒ちゃんは全然わかってないんだから。
横山奈緒
せやから知りたいと思うてます。みんな、そう思うてますから。
横山奈緒
……ほな、風花さん。位置について。
豊川風花
えっ、何の話?
横山奈緒
私、思うんです。風花さんはもう、合図一つで走り出せるんやって。
豊川風花
走るの? どこへ?
横山奈緒
ここやないならどこでもええです。よーい、ドン!

(台詞数: 50)