高木社長
ある精肉店によくいる女の子が、気になっていた。
高木社長
その精肉店の店主の娘のようで、店主からチヅルと呼ばれていたのを聞いたことがある。
高木社長
どうやら俺より歳下で、女子大生のようだった。白い肌、艶のある髪が精肉店に似つかわしくない
高木社長
上品さを醸し出しているが、いざ話してみると気さくで、屈託のない笑顔をみせてくれる彼女の事を
高木社長
…可愛いと思った。
高木社長
だから俺は、仕事帰りに遠回りをして、精肉店がある商店街へと通っていた。彼女に会う為に。
高木社長
そんな気持ちで通い続けたある時、珍しく精肉店には客が俺しかいない日があった。
高木社長
さらに、店主もいないのか彼女も一人で店番をしていた。この場には俺と彼女の二人きりだ。
高木社長
…これは、チャンスなんじゃないだろうか。
二階堂千鶴
「…50円のお返しです。いつもありがとうございます」
高木社長
「いえ、こちらこそ…ねぇキミ、今日は一人?」
二階堂千鶴
「はい。父は臨時で買い出しに行ってまして、10分くらいで戻ると思いますが…」
二階堂千鶴
「あっ、何かご注文されますか?お伺いは出来ますが、父が戻るまで少々…」
高木社長
「あ、いやそうじゃなくて。今度……」
二階堂千鶴
「こ、今度…?」
高木社長
「今度、えい……」
高木社長
「今度、えい……ご、A5ランクの肉を使ったコロッケとか出ないかなーって店長に聞きたくて…」
二階堂千鶴
「……」
二階堂千鶴
「……ふふっ、わかりました。父に伝えておきますね?でも、お高くなっちゃいますよ?」
高木社長
「で、ですよね~。ここのコロッケ美味しくて、ついもっと色んなもの食べたくなっちゃって…」
二階堂千鶴
「本当ですか?ありがとうございます!私も大好きなんです、ウチのコロッケ…そうだ!」
二階堂千鶴
「これ、カレーコロッケなんですけど、まだお父さんが商品として出してないんです」
二階堂千鶴
「試作ではあるんですが、良ければお持ちください!常連さんだけに渡しているんです!」
高木社長
「おー、カレーコロッケ。美味しそう…ありがとうございます。いただいていきますね」
二階堂千鶴
「はい!感想を是非聞かせてくださいね!ありがとうございます!また起こしくださいませ!」
高木社長
「ありがとうございます。では、また来ます」
高木社長
……
高木社長
……チキン野郎め。買ったのは豚肉だけど。
高木社長
後悔して、財布の中にあった映画のチケット代を気にした…だけど、すぐにどうでも良くなった。
高木社長
彼女が俺に向けてくれた笑顔とカレーコロッケだけで、今日は満足してしまったのだ。
高木社長
家に帰り、酒のつまみに食べたカレーコロッケは、ちょっと冷めててもとても旨かった。
高木社長
…今度感想を伝えよう、そして今度こそデートに誘おう。そう決心した。
高木社長
そんな矢先に出張になり、精肉店に行けない日が続いた。出張から戻り、その日に精肉店に寄ったが
高木社長
彼女はいなかった。翌日も、一週間後も、一ヶ月後も、精肉店のカウンターに彼女はいなかった。
高木社長
半年もする頃には半ば諦めていたが、それでも精肉店には寄っていた。すでに人気商品となった
高木社長
カレーコロッケを行く度に買っていて、店主とはすっかり顔馴染みになっていた。
高木社長
その日もカレーコロッケを買って帰り、酒のつまみに食べようと、なんとなくテレビをつけたら…
二階堂千鶴
「セレブアイドル二階堂千鶴の、ゴージャスライブの始まりですわ!おーっほっほっほ!」
高木社長
彼女が、アイドルとしてテレビの中にいた。
高木社長
「……おぉ」
高木社長
テレビの中の彼女が俺に笑顔を向ける。半年前はその笑顔は精肉店のカウンターの向こうにあった。
高木社長
手を伸ばせば届きそうだったその笑顔は、今はこの薄い箱の中でしか見る事ができないのだ。
高木社長
そこは、今更手を伸ばしたって届かない場所だった。
高木社長
もしあの時、俺が貰ったのがカレーコロッケじゃなかったら、この笑顔はもしかしたら……
高木社長
この先は考えなかった。あの笑顔は、多くの人に向けられるべきだ…と、思うことにした。
高木社長
そんなテレビの中の彼女を見ながら、俺はいつものようにカレーコロッケを食べる。
高木社長
サクッとした食感の後、甘めのカレーとじゃがいもの味が舌に広がり、肉の風味が鼻から抜ける。
高木社長
「……」
高木社長
「……旨い、すごく旨いですよこのカレーコロッケ」
高木社長
「ただ、ちょっとしょっぱいかな」
(台詞数: 50)