二階堂千鶴
…お客様をお迎えいたしましたのは、夜もすっかり更けてからのこととなりました。
二階堂千鶴
まずはお疲れのところをご足労いただいたことに、お礼を申しまして。
二階堂千鶴
すでに電灯を落とした中を、幾つかの蝋燭の火を道標に、お客様を席に誘います。
二階堂千鶴
電気の明りに慣れた目には、ここはいかにも暗いでしょうと、その手を引いて導きながら。
二階堂千鶴
燭台がもたらす明りに浮かぶ、ただひとつ、お客様のために誂えた席へ。
二階堂千鶴
そこには、白いクロスのテーブルに、二客のカップとティーポット、蓋つきのケーキスタンド。
二階堂千鶴
簡素ながら、おもてなしの準備が整っています。
二階堂千鶴
着座したお客様に一礼して、まずはお茶を、一客のカップに注ぎまして。
二階堂千鶴
淡い色のお茶から、ふっと、濃厚な香りが立ち上り、辺りを包み込むような。
二階堂千鶴
こちらは、ハーブティ…ラベンダー・ティーにございます。
二階堂千鶴
そして、お茶菓子として用意したものは…。
二階堂千鶴
…お客様は、とても驚いたご様子で。
二階堂千鶴
ケーキスタンドの蓋を開けてみれば、そこには色彩々の花畑が広がっていたのですから。
二階堂千鶴
それが可笑しくて、いたずらな笑みを浮かべ、花びらを一枚手に取り、ひと口かじって。
二階堂千鶴
ふふっ…。どうやら、お客様もお気付きになられたようですね?
二階堂千鶴
ええ。食用のお花を、お菓子にしてみましたの。ですから、安心してお召し上がりください。
二階堂千鶴
白い花は、ベゴニアの花弁にグラニュー糖を絡めた、クリスタリゼ。
二階堂千鶴
噛めば、糖の甘みと爽やかな酸味が口の中に広がります。
二階堂千鶴
紫の、おそらくお客様もご存じの花は、パンジー。花壇に見立てたケーキの上に添えて。
二階堂千鶴
お召し上がりの際に、この可憐な花の、甘く佳い香りを楽しんでいただければと。
二階堂千鶴
そして、赤いの、黄色いの、白いの、青いの、桃色の、多彩なプリムラの花を封じ込めた結晶。
二階堂千鶴
花びらそれぞれを、果汁やシロップで味付けた、プリムラ・ポリアンサのゼリーとなります。
二階堂千鶴
…本日は、このように趣向を凝らしてみました。
二階堂千鶴
食べるのが勿体無いと思われるのでしたら、どうぞしばらく目でお楽しみください。
二階堂千鶴
その間に失礼して、わたくしのために一杯、ご相伴のお茶を淹れさせていただきます。
二階堂千鶴
こうして、お客様と差し向かいで、その顔を見ながら、お茶をいただく…。
二階堂千鶴
それが、わたくしが決めた、わたくしがお客様よりいただく、ただ一つのお代です。
二階堂千鶴
…割に合わないと、思いますか?
二階堂千鶴
かけた手間も、砕いた心も、両手に余って数知れず。それに比べて、と。
二階堂千鶴
しかし、そのような事は、胸に秘めておけば良い話で…。
二階堂千鶴
ノン・カフェインのお茶葉に、リラックス効果のあるラベンダーを合わせたとか。
二階堂千鶴
ベゴニアの酸味は疲れた体に優しくて、プリムラやパンジーはビタミンや食物繊維が豊富とか。
二階堂千鶴
口に出せば、綺麗な花のあれこれが、ただの野菜と薬草茶に成り下がってしまいますもの。
二階堂千鶴
まさしく、言わぬが花、ですわね。
二階堂千鶴
お客様には、ただその美しさを、香りを、味を楽しんでいただければ良いのです。
二階堂千鶴
…そして、わたくしは、お客様の安らいだ顔が見ることができれば。
二階堂千鶴
それがあれば他には何も要りません。それの他には代わりとなるものはありません。
二階堂千鶴
…それだけでは、貴方の気が済みませんか?困ったお客様ですね。
二階堂千鶴
そうですね、他に望むもの…。
二階堂千鶴
…もし、貴方が日々に疲れたとき、今宵のお茶会のことを思い出して。
二階堂千鶴
この貴重な時間を、わたくしとまた共にしてくださるのならば。
二階堂千鶴
そして、わたくしに安らぎを求めてくださるのならば。それは何より…
二階堂千鶴
…嬉しい。
(台詞数: 43)