二階堂千鶴
季節外れの大嵐に見舞われた東京。
二階堂千鶴
都内周辺の天気も荒れに荒れ、私の生まれ育った商店街も例外なく被害にあっていた。
二階堂千鶴
いくらアーケードがあるとはいえ、流石に、こんな日にわざわざ足を運ぶ人はいないわね。
二階堂千鶴
お客さんが来ないということは、この精肉店は儲からないのだ。
二階堂千鶴
普段から経営が厳しいこの商店街で、これは致命傷ね
二階堂千鶴
まあ、物は言いよう、ポジティブにとらえれば。
二階堂千鶴
楽をして、私の懐にはお金が入って来る事になる。
二階堂千鶴
かれこれ、何時間もお客さんを見ていない。
二階堂千鶴
夕方に一度、お得意さんが来てくれた時は驚いたが、その人が来客したきり、それだけよ。
二階堂千鶴
丸椅子に座って、レジカウンターに肘をつき、挙句の果てには手のひらに顎を乗せ…
二階堂千鶴
ぼーっ外の風景を眺めているだけ…
二階堂千鶴
大雨はアーケードの屋根も御構い無しに…
二階堂千鶴
風に身を委ねるがまま、通路側に侵入している始末。
二階堂千鶴
奇しくもその風に乗り切れなかった大雨の粒達が、屋根にぶつかってはじける音がする。
二階堂千鶴
けれど、その賑やかな騒音がやけに心地良く思えてしまうものよ。
二階堂千鶴
それには私なりの理由があった。
二階堂千鶴
シャッター街と揶揄されるこの商店街にも、かつては一度、賑わっている時期があったのよ。
二階堂千鶴
人々がここに集い。
二階堂千鶴
そして、この場所を潤していた。
二階堂千鶴
この大雨のようにね…
二階堂千鶴
それもまた、いまでは夢幻の類ですけれど…
二階堂千鶴
目を瞑れば、蘇る。
二階堂千鶴
雨足が強くなればなるほどに、幼い頃見た景色が鮮明に浮かべられる。
二階堂千鶴
あの頃は良かったわよ。
二階堂千鶴
……
二階堂千鶴
…………
二階堂千鶴
私としたことがなんてババくさいことを言っているのかしら…。
二階堂千鶴
もうそろそろ、目を開けましょうかしら…
二階堂千鶴
現実と向き合わないと…いけないわね。
二階堂千鶴
瞼を開けると、目の前に待ち構えていたのは…
二階堂千鶴
現実というよりかは、非現実的な光景なんですけれどね…
二階堂千鶴
私はすぐさま丸椅子から立ち上がると、店の扉を開いた。
二階堂千鶴
「あ、貴方は!!」
二階堂千鶴
目の前にはあの時の赤毛の女の子。
二階堂千鶴
ギターケースが濡れないよう、合羽でしっかり覆っているけれど…
二階堂千鶴
赤毛の女の子自身は無防備なまま、この大雨に曝されている。
二階堂千鶴
その立ち姿は顔を覆いたくなるほどに惨めで…
二階堂千鶴
なんだか私が悲しくなってきましたわ。
二階堂千鶴
けれど、彼女の顔を覗きこんで、その表情を見たとき。
二階堂千鶴
私は、彼女の身体を店内に引き入れて…
二階堂千鶴
抱擁していた。
(台詞数: 41)