百瀬莉緒
「本当にこれでいいの?一次会でも飲んできたんでしょ?自分の身体の年齢を忘れてない?」
馬場このみ
「2人の目の前で酔っぱらうわけにはいかなかったもの。ちゃんとセーブしてたから問題ないわ」
馬場このみ
そう言って私は、いそいそと莉緒ちゃんのグラスにもワインを注ぎ、チンとグラスを合わせた。
馬場このみ
「ん~、体中に染み渡るわ~。血液がワインになってく感じ」
百瀬莉緒
「まったく大袈裟なんだから。でも、本当に美味しいわ、コレ」
馬場このみ
「そうでしょう、そうでしょう。駅前のリカーショップでみてティンと来たのよね~」
馬場このみ
お互いにくいっとグラスを空けて、小皿のナッツとチーズに手を付ける。
百瀬莉緒
「それで……重大な使命だっけ、百合子ちゃんが言ってたの。どうなの?」
馬場このみ
「使命って言われると大袈裟だけど、人助けなら、もしかしてっていうのがね……これなんだけど」
百瀬莉緒
「……アイドルの担当表?セルフプロデュース組は抜いてあるわね」
馬場このみ
「そう。私や律子ちゃん、チーフが誰を担当しているかをまとめたもの。例えば、私の担当は……」
馬場このみ
【百合子、紗代子、恵美、可奈、静香、瑞希、奈緒、ロコ、昴、雪歩、響】
馬場このみ
「……こうね。これ、どう思う?」
百瀬莉緒
「そうね。大人しいというか、真面目な子が多いわね」
馬場このみ
「私も初めて見た時そう思ったの。きっとルーキーだった私への配慮だと思うんだけど」
百瀬莉緒
「なるほど。律子ちゃんやプロデューサーくんの優しさって訳ね。愛されてるわね、姉さん」
馬場このみ
「でもね、そう考えると一つ不思議なことがあるのよ」
百瀬莉緒
「……不思議なこと?」
馬場このみ
「どうして、ひなたちゃんと育ちゃんがいないの?」
馬場このみ
莉緒ちゃんがワイングラスを置く。私はワインで唇を湿らせて、話を続けた。
馬場このみ
「チーフがこの道を勧めたのは、ミックスナッツでの手腕が評価されたからだと社長は言ったの」
馬場このみ
「だったら、ミックスナッツのメンバーを担当に入れるのはごく自然な話なはず」
馬場このみ
「受験組の真美ちゃんとセルフプロデュース組の美奈子ちゃんを除いた、ひなたちゃんと育ちゃん」
馬場このみ
「大人しくて真面目で私と付き合いのあるこの2人を外すには何かしら理由があるはずなの」
馬場このみ
「例えば、ルーキーには荷が重い状態で、その原因が……私の引退にある、とかね?」
百瀬莉緒
「……」
馬場このみ
「教えて。もし私の引退が原因だとしても莉緒ちゃんなら正直に答えてくれるって思っているの」
馬場このみ
「29歳の私と28歳の莉緒ちゃんも、5年前と同じ気のおけない仲だって信じてるから……」
馬場このみ
莉緒ちゃんは静かにワインを注ぎ直し、そのまま口へスーッと運んだ。
百瀬莉緒
「……姉さんの引退は2人が姉さんの担当じゃないこととは関係ないわ」
馬場このみ
「それじゃあ……」
百瀬莉緒
「2年前、姉さんが断ったのよ。美奈子ちゃんと真美ちゃんを含めた4人に甘えちゃうからって」
百瀬莉緒
「真美ちゃんは裏切りだーなんて叫んでたけどね」
馬場このみ
叫ぶ真美ちゃんとにこやかに囲む3人。その絵を思い浮かべると胸の中の何かがスッと消えた。
馬場このみ
「良かった……。私の勘違いで済んで。ごめんね、莉緒ちゃん。急に押し掛けてこんなこと聞いて」
馬場このみ
照れ笑いしながらワインをくいっと空ける。ナッツを5つ手のひらに乗せ、気分よく口へと運ぶ。
百瀬莉緒
「……姉さんの引退が原因じゃないってだけで問題がないわけじゃないわよ」
馬場このみ
ナッツがポロリと指先からこぼれ落ちた。
百瀬莉緒
「……ひなたちゃん、仕事は普通にこなせているんだけど、今年から少し様子がね」
馬場このみ
……マイクを両手で持ち、純朴な笑顔でりんごのマーチを歌う姿が脳裏に浮かぶ。
百瀬莉緒
「……姉さん、ワイン、注ぐわよ」
馬場このみ
私はテーブルの上に置かれたグラスが赤に染まるのをナッツを手に持ったまま、じっと見ていた。
百瀬莉緒
「どうにかするつもりでしょ?気持ちは若くても身体は30歳目前なんだから無理しないでよ」
馬場このみ
「でも……」
百瀬莉緒
「でも、じゃないわ。姉さんが倒れたら誰があの子たちをプロデュースするっていうの?」
馬場このみ
莉緒ちゃんの強い目線に私は言葉を詰まらせる。そんな私をみて莉緒ちゃんはふっと笑った。
百瀬莉緒
「ひとまず、今日は飲みましょ。姉さんのフェスが無事に終わったんだもの。私もお祝いしたいの」
馬場このみ
そうね、と言ってお互いのグラスを合わせた。
馬場このみ
チーズを口へ運ぶ莉緒ちゃんを見る。この時代でも仲が良くて良かった。
馬場このみ
今は莉緒ちゃんとの時間を楽しもう。私は小さく「ありがとう」と呟いて、ナッツを口へと運んだ。
(台詞数: 50)