百瀬莉緒
「ビールでいいかしら?」
馬場このみ
「うん。ごめんなさいね、急に押し掛ける形になっちゃって」
百瀬莉緒
「水臭いわよ。こんな時なんだから当然じゃない」
馬場このみ
綺麗に磨かれたグラスにオレンジ色の液体が雲をかんむりにして注がれる。
百瀬莉緒
「……あんまりめでたいことじゃないけど、いいわよね?」
馬場このみ
「気にしたら負けよ。乾杯!」
馬場このみ
グラスをそっと鳴らす。堅く透き通った音が部屋に響いた。
百瀬莉緒
「それにしても驚いたわ。まさか身体と心で年齢が違っているなんてね」
馬場このみ
「ホントよ。まったくいい迷惑だわ」
馬場このみ
小鳥ちゃんが気付いたのも偶然だったらしい。
馬場このみ
小鳥ちゃんが出した紅茶とホットミルク。私はホットミルクに手を付けていた。
馬場このみ
しかし、小鳥ちゃんが言うには最近の私は紅茶にどっぷりらしく、何はなくとも紅茶だったそうだ。
馬場このみ
"記憶を失っても習慣は変わらないはず"小鳥ちゃんの根拠はそれだった。
馬場このみ
「……色々ツッコめる部分はあるけど信じて貰えたならいいわよね」
百瀬莉緒
「あら、どうしたの?本物のビールだっていうのに口に合わなかったかしら?」
馬場このみ
「そんなことないわ。久々に本物を飲めて嬉しいもの」
百瀬莉緒
「でしょ?最近は4thビールばっかりだったから、喉が喜んじゃって。何かつまみも出すわね」
馬場このみ
キッチンへ消える莉緒ちゃんを見送って、ぐるりと莉緒ちゃんの部屋を見回す。
馬場このみ
マンションは5年前と変わっていなかったが、インテリアは随分と変わっている。
馬場このみ
間接照明もなくなり、観葉植物も随分と可愛らしい。部屋の端には本棚も置かれている。
馬場このみ
「ねぇ、莉緒ちゃん、本棚の本、読んでもいいかしら?」
馬場このみ
キッチンから莉緒ちゃんの返事が聞こえる。早速、今、目に留まった本を開く。
百瀬莉緒
「おまたせ。ちょうどおつまみ切らしちゃって、こんなのしかないけど。……って、その本」
馬場このみ
「……こういうのも勉強しているのね」
百瀬莉緒
「ええ、視野は広く持っておきたいもの。自分だけの技術にしておくのはもったいないでしょ?」
百瀬莉緒
「専属のメイクがいてもいい頃だと思うのよ、ウチの事務所も」
馬場このみ
パラパラとページをめくるとそこかしこにペンで印がつけてある……。
百瀬莉緒
「まっ、全部受け売りなんだけどね。まだ知らないからしょうがないわね」
馬場このみ
「まだ知らないからって……もしかして私が勧めたの!?」
百瀬莉緒
「そうよ。まだまだこれからなんだからって。励ましてくれたんだから」
馬場このみ
……5年後の私が本当に私なのか自信が無くなってくる。
百瀬莉緒
「それなのに、急に24歳になっちゃうんだもの。このみ姉さんだけ若い振りされちゃ困るわ」
馬場このみ
……ああ、だからあんなに辺りが強かったのか……あれ?
百瀬莉緒
「あーあ、今日はいつもより飲んじゃおうかしら?」
馬場このみ
「ちょっと待って、さっき私のことなんて言った?プロデューサーじゃなかったわよね?」
百瀬莉緒
「姉さんって言ったわよ。仕事を離れたらいつもそうしてるじゃない。って、知らないのよね」
馬場このみ
……姉さん……このみ姉さん
百瀬莉緒
「どうかしたの?」
馬場このみ
「ううん、安心しただけ。さっ、飲みましょう。こっちのお酒も美味しそうね」
百瀬莉緒
「あ、それイケるわよ。でも、度数がきつくて、次の日に残るのよね」
馬場このみ
「大丈夫よ!だって、私たちまだまだこれからなんでしょ?」
百瀬莉緒
「ふふ、なんだか懐かしいわ、この感じ。わかったわ。付き合うわよ、姉さん」
馬場このみ
「ええ、莉緒ちゃん」
馬場このみ
……何とかなるかもしれない。
馬場このみ
小鳥ちゃんは社長たちに説明するって言ってくれた。莉緒ちゃんもいる。それに……
馬場このみ
「事務所のみんながいるものね。29歳がなんだー!」
百瀬莉緒
「そうだー!28歳がなんだー!」
馬場このみ
……しかし、私はすぐに29歳の恐ろしさを思い知る羽目になる。
百瀬莉緒
「……姉さん、大丈夫?はい、お水」
馬場このみ
だって、29歳の飲み方なんて、24歳が知るわけないんだから……ううっ
(台詞数: 50)