馬場このみ 29歳 プロデューサー 2話
BGM
赤い世界が消える頃
脚本家
nmcA
投稿日時
2017-04-02 02:26:19

脚本家コメント
連続ドラマです。のんびりお楽しみください。
【ここまでのお話】
このみさんは仮眠をとっていたら5年後にいて、小鳥さんと莉緒さんからプロデューサーと呼ばれるようになっていた。

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馬場このみ
応接室のテーブルにホットミルクと紅茶が置かれた。白い湯気が3人の前で揺れている。
音無小鳥
「つまり、プロデューサーさんはまだ24歳で現役のアイドルだと言いたいんですね?」
馬場このみ
「ええ、確かにカレンダーは5年後を指しているわ。でも、私はまだ24歳でアイドルなの」
馬場このみ
「……たとえ、この身体がタイムスリップしていたとしてもね」
馬場このみ
非現実的な言葉を口にすると途端に言葉が弱くなる。私だって、信じられないのだ。
百瀬莉緒
「……ねぇ、プロデューサーさんは5年前まではしっかりと分かるのよね?」
馬場このみ
「もちろんよ。武道館ライブだって文字通り昨日のことのように思い出せるわ」
百瀬莉緒
「でも、その後の海外ツアーやアリーナライブのことは分からない」
馬場このみ
「分からないじゃなくて知らない、ね。……というか、そんなことやったの!?」
音無小鳥
「莉緒さん、もしかして……」
百瀬莉緒
「ええ、タイムスリップより現実的だと思わない?」
馬場このみ
莉緒ちゃんの言いたいことが分かった。確かにそう考えるのが自然かもしれない。
馬場このみ
「……なるほど、私が記憶喪失なんじゃないかってことね」
馬場このみ
確かに同じ非現実的な話でも説得力が違う。逆の立場なら私だって同じことを考える。でも……
馬場このみ
「繰り返すわ。私は24歳で、アイドルの馬場このみ。これだけは譲れない」
百瀬莉緒
「……」
馬場このみ
「……」
百瀬莉緒
「……いったんこの話はやめましょう」
馬場このみ
「……そうね。不毛だわ。はっきりした証拠があるわけじゃないんだし」
音無小鳥
「じゃあ、飲み物温め直してきますね」
百瀬莉緒
「あ、そうだ。プロデューサーさん、お化粧でも直してきたら?小鳥さんも時間がかかるでしょ?」
音無小鳥
「ええっ、莉緒さん、それは……」
馬場このみ
「そうよね、ずっと寝ていたんだもの。失礼するわ」
百瀬莉緒
「……ええ、ごゆっくり」
馬場このみ
そそくさと部屋を出て、後ろ手にドアを閉めて大きく息をつく。
馬場このみ
「ホント、我ながら強情だと思うわ」
馬場このみ
廊下に響く足音。どんなにきれいな廊下でも、一人で歩く見知らぬ場所は冷たく感じる。
馬場このみ
「でも……自分ぐらいは自分の味方でいたいじゃない」
馬場このみ
ぼそりと呟いて化粧室のドアを押す。
馬場このみ
パッと明かりが点く。中は私の知っている化粧室。さすがに5年では変わらないらしい。
馬場このみ
ポーチのチャックを開けると見たことのないメーカーのコスメが顔を出した。
馬場このみ
とりあえず、何があるかを確認しようとポーチから一つ一つ出そうとした時だった。
馬場このみ
鏡の中の女性と、目が合った。
馬場このみ
女性は目をそらさなかった。そう、私が鏡に映る女性が自分自身である気づくまでは。
馬場このみ
カランに落ちるグロス。私は鏡につかみかからんばかりに顔を寄せる。
馬場このみ
「う……そ……」
馬場このみ
頬に手を当てる。目元に手を当てる。そして、じっと手を見る。
馬場このみ
……きっと事務所にいた人間がびくりと体を震わせただろう。
馬場このみ
私の口から喉が千切れそうなぐらいの大きな嗚咽があふれ出た。
百瀬莉緒
「分かった?プロデューサーさん」
馬場このみ
場所もわきまえず膝をつく私を莉緒ちゃんが見下ろしていた。
百瀬莉緒
「プロデューサーさん、あなたは24歳じゃない。間違いなく29歳よ」
馬場このみ
喉からか細い息が漏れる。上手く声が出ない。それでも、辛うじて出た言葉は……
馬場このみ
「でも……私は24歳なのよ……。アイドルなのよ……。馬場……このみなのよ」
馬場このみ
顔を上げなくても分かる。莉緒ちゃんがどんな顔をしているか。
音無小鳥
「あ、あのぅ……」
馬場このみ
莉緒ちゃんの後ろから小鳥ちゃんの声が聞こえてくる。
音無小鳥
「もしかしたらですけど、このみさんは本当に24歳かもしれません」
馬場このみ
小鳥ちゃんの言葉を聞き、すぐに顔を上げる。
音無小鳥
「つまり、このみさんは、身体は29歳なんですけど、心は24歳なんじゃないでしょうか?」

(台詞数: 50)