百瀬莉緒
……とある午後の日。郊外のカフェ。私とこのみ姉さんは、席を向かい合わせていた。
百瀬莉緒
「……こうしてゆっくりカフェに来るのも久し振りね、このみ姉さん。」
馬場このみ
「そうね。お互い都合がなかなか合わないものね。……前までは何とでもなったのに。」
百瀬莉緒
「いつ以来かしら、このみ姉さんとデートなんて!今や国民的スターのこのみ姉さんと!」
馬場このみ
「やめてよ莉緒ちゃん、そんな言い方は……最近じゃ気楽に呑みに行くこともできないんだから。」
百瀬莉緒
……さすがに私達は、数年でアイドルは卒業した。今はそれぞれの道を歩んでる。
百瀬莉緒
このみ姉さんは、今や朝の情報番組の顔。親しみやすさと大人の良識を存分に振るっている。
百瀬莉緒
私しか使ってなかった『このみ姉さん』の呼称まで全国区になったのは……ちょっと寂しい。
馬場このみ
「……莉緒ちゃんの新作のCM、観たわよ。またセクシーさに磨きがかかったんじゃない!?」
百瀬莉緒
「セクシーなのは、元・か・ら!あれくらいを私の力の限界と思われたら心外よ。」
百瀬莉緒
私の方は、CMのお仕事が中心。とある化粧品会社のイメージレディにも選ばれてる。
百瀬莉緒
……そう。本当は仕事が忙しいのはこのみ姉さん。姉さんに時間作ってもらってると言うべき。
馬場このみ
「莉緒ちゃんが生き生きしてるなら、それに越したことはないわね……そうだ。」
馬場このみ
「ええと……プロデューサー、じゃなくて、『彼』も元気でやってるかしら。」
百瀬莉緒
「……」
百瀬莉緒
「……もー、そんなもって回った言い方しなくてもいいじゃない。シンプルに呼んでよ。」
百瀬莉緒
「おかげさまで元気に仲良くやってるわよ。私の『旦那様』とは!」
百瀬莉緒
……そう。あのときの仲間のなかで一番変わったのは、私と、『元・プロデューサーくん』だ。
百瀬莉緒
50人のアイドルを導き、劇場や百万人ライブ、全国キャラバンを成功させた、夢追い人の彼。
百瀬莉緒
その彼がある日いきなり、アイドルの私にプロポーズしてくるなんて、予想もしてなかったわ。
百瀬莉緒
……そりゃまあ、好い人だと思ってたし。ロケ旅行先や秘密のバーで二人きりになったり、
百瀬莉緒
ちょっとモーション掛けてたけど……彼は夢や理想を叶えるのに必死で、色恋に鈍そうだったのに。
百瀬莉緒
あんな情熱的に、俺のパートナーは莉緒しか居ないんだって言われたら……受け入れるしかないわ。
馬場このみ
「莉緒ちゃん、口元緩んでるわよ。またあの告白された日の事、思い出してるんでしょ。」
百瀬莉緒
「ええそうよ。今まで生きてきた中で一番幸せだったもの。姉さんには分からないわよね~。」
馬場このみ
「酷い言い方じゃない!私だって言い寄ってくる人の一人や二人、その気になれば……」
百瀬莉緒
「ゴメンゴメン。怒らせたかった訳じゃないわ。今のこのみ姉さんも、すごく幸せそうよ。」
馬場このみ
「まあ、『あの頃の』プロデューサーに比べたら大抵の人は小粒だけどね。それは認めるわ。」
百瀬莉緒
……当時一緒だったアイドルの殆どは、彼に好意を持っていた。表に出すかどうかはさておき。
百瀬莉緒
みんなの想い人を独り占めすることになったから……みんなの心の中で、大嵐が吹き荒れてたかも。
馬場このみ
「……プロポーズされた時が、人生で一番の幸せ、ねえ……」
馬場このみ
「……彼と一緒になった今が、一番幸せ……じゃあなくて?」
百瀬莉緒
「……それは言葉の綾じゃない。今も幸せですよ~だ。」
百瀬莉緒
……
百瀬莉緒
……アイドルに恋愛はご法度。プロデューサーがアイドルに手を出すのは、勿論それ以上の罪。
百瀬莉緒
それを犯した私たち二人は罪人。相応の罰を受け入れるしかなかった。
百瀬莉緒
私は契約解除。『プロデューサーくん』は……解雇。
百瀬莉緒
そんなだから、芸能界の仕事なんて回ってこない。お世話になった社長は、嫌がらせはしないけど、
百瀬莉緒
事務所とトラブル起こして、アイドルを寿引退した人間なんて、どこも使わない。
百瀬莉緒
私だけじゃない。旦那様の方なんて、テレビ局に足を踏み込む事さえ憚られるくらい。
百瀬莉緒
私のイメージキャラだって、会社役員の一人と懇意だから、辛うじてツテがあるだけ。
百瀬莉緒
枯葉にしがみついて川を流される蟻……気まぐれで垂らされた蜘蛛糸を掴んでる亡者。
百瀬莉緒
いつ沈んでも不思議じゃない二人……あるいはとっくに、光ある世界に戻れなくなっているのかも。
馬場このみ
「莉緒ちゃん。もう一度、私達の事務所に戻る気はない?今なら私が社長とも話せるわよ。」
馬場このみ
「社長だって莉緒ちゃんを手放したのを後悔してる。事務所の方針に従うなら、支障なんて無い。」
百瀬莉緒
「……このみ姉さん。そんなに私を思ってくれるのは嬉しいけど……出来ないわ。」
百瀬莉緒
「『彼』のプロデュースを受けたいの。私を導いて、アイドルとしての喜びもくれた、彼の。」
馬場このみ
「そう……じゃあ、この話はこれ以上しないわ。……莉緒ちゃんがそう言うなら、できないわ。」
百瀬莉緒
……『彼』無しでは、アイドルになんて成れる筈ない、モテて愛を受けられる事なんて無かった私。
百瀬莉緒
その『プロデューサーくん』が導いてくれるなら……川底でも闇の中でも、ついていくだけ。
(台詞数: 50)