馬場このみ
都歩きに似合おうと、紬の良いもの、二つ三つから、心悩ませて決めた。
馬場このみ
待ち合わせに立ち、胸を高鳴らせるに、なんの小娘でもあるまいし、と己を戒めたが。
馬場このみ
出会って一目、莞爾(にっこり)と笑って、素敵ですね、と。
馬場このみ
それですっかり舞い上がってしまって、先程の心はいったい何処やら。
馬場このみ
誘われた小料理屋、趣が良く、席は小作り。二人差し向かいで盃を交わすに丁度良い。
馬場このみ
鴨肉を炙ったの、舌の上でじゅっと甘い油が滲み出て。
馬場このみ
そこへ、冷たいのをきゅっとやれば、辛さ甘さが交ざり喉を滑り降りて心地好い。
馬場このみ
土瓶蒸し。出汁を一口。鶏、松茸、海老、白身は鱧か。昆布、旨味、濃く。
馬場このみ
〆の雑炊、味も良いが、何より米が胃をがつんとくる、満たされる喜びよ。
馬場このみ
御馳走様でした。とても、美味しゅうございました。
馬場このみ
店を出て、月が中天。上気した肌に秋風が快く。
馬場このみ
夜道には燈籠の彩り、男女睦まじく歩く姿、何度も行き会って。
馬場このみ
やはり、男と女、着物が揃えば姿も様になると、横目でいつもの背広を見やりながら。
馬場このみ
仕事の合間のこと、思うに任せぬは当然を、充分に良くしてもらって、これ以上何の贅沢か。
馬場このみ
慣れぬ履き物、気もそぞろ、気が付けば二三歩の遅れ、縮めようと踏み出して、躓いた。
馬場このみ
間の良いこと、歩みの遅れに気付いて振り向いた、その腕に助けられ、一安を得たが。
馬場このみ
その時、ふっと翻った布地、間近に見て。
馬場このみ
紬のネクタイだった。
馬場このみ
元より地味な柄、暮れ、薄明かりの下ではそれと見えず。
馬場このみ
ならば何のため。思うに任せぬ中で、せめてもの気遣い、心意気。
馬場このみ
ねえ、あなた。そのネクタイ、とても素敵ですね。
馬場このみ
気付かれたか、とはにかむその顔、胸をついて、堪らなくいとおしくなり。
馬場このみ
胸にしがみつき、両の腕、背中に回して、顔をその胸に埋めていた。
馬場このみ
誰が見ていても、構うものか。
(台詞数: 24)