馬場このみ
『俺はぽけーっとした顔でテレビを眺めていた』
馬場このみ
『画面には人気アイドルの馬場このみが歌を披露している』
馬場このみ
『子供じみた体にそぐわない艶やかで繊細な歌声、画面越しでも会場が震えているのがわかる』
馬場このみ
誰も信じないだろうなぁ
馬場このみ
『彼女と結婚寸前までいっていたなんて』
馬場このみ
『大学を卒業して就職した会社に彼女は1年遅れで入社してきた』
馬場このみ
『新人として俺の後輩についたあいつとは妙にウマがあって、何かにつけてコンビを組んでた』
馬場このみ
『特に劇的なことがあったわけじゃない。なんとなく惹かれて、なんとなく告白して』
馬場このみ
『なんとなく恋人同士になった』
馬場このみ
『付き合い始めてからあいつになんでオッケーしたのか聞いた時』
馬場このみ
うーん、なんとなく
馬場このみ
『そう言ってた。不思議なもんでお互いそれで納得した』
馬場このみ
『2人で過ごす時間の中で、俺はこいつと家族になるんだろうなと思ってた。なんとなく』
馬場このみ
『でも甘かった』
馬場このみ
『アイドルになる。そうあいつが言い出した時、初めて大喧嘩をした』
馬場このみ
『いやいや、おかしいだろ。もう2人は一緒に住んで、住民票も移して』
馬場このみ
『これから嫁さんになって、母ちゃんになって、ジジババになるんじゃないのかよ』
馬場このみ
『結局2人の時間はそれでおしまい。呆気ないもんだ』
馬場このみ
『あいつは俺と別れてアイドルになって、今じゃ俺のずっと遠いところで笑顔を振りまいてる』
馬場このみ
『2人でいた時より、綺麗な笑顔で』
馬場このみ
『不思議と腹は立たなかった』
馬場このみ
『あいつはきっと、あんな笑顔ができるようになりたくて、アイドルになったんだ』
馬場このみ
『で、本当は多分、俺にその笑顔を届けたかったんだ』
馬場このみ
『分かっちゃうんだよね。なんとなく』
馬場このみ
『問題なのはそう気づいたのが2人が別れた後だったってことだけ』
馬場このみ
『6月の記念日にメールを出した。返信は当然返って来ない』
馬場このみ
『まぁ、そりゃそうだ。相手は天下のアイドル様だもの』
馬場このみ
『ただふとした時に思ってしまう』
馬場このみ
『あの喧嘩した時、あいつの背中を素直に押してやってたら』
馬場このみ
『逆に、泣こうが喚こうが聞きいれずに無理矢理にでも結婚してたら、どうなってただろう』
馬場このみ
たぶん、まだ好きなんだよな
馬場このみ
『なんとなくそう呟いていた。そしてまたテレビ画面に映る彼女を眺める』
馬場このみ
『あいつ、舞台の上じゃしゃんとしてるけどきっと本番前は震えてたんだろうな』
馬場このみ
『あいつビビリなとこあるから、ちゃんと誰か手握ってやってくれただろうか』
馬場このみ
『俺じゃない誰が』
馬場このみ
『そこまで考えたところで、携帯の着信が鳴った。電話だ』
馬場このみ
『電話の相手を告げる画面には、馬場このみの名前が表示されていた』
馬場このみ
もしもし?
馬場このみ
～つづく～
(台詞数: 39)