豊川風花
「……そんなこと言わないでください!もう、私に会いに来ないでね!」
豊川風花
……出会った男の人に、また会いたいと言われた事も有る。その時の、私の返事だ。
豊川風花
……入院通院が終わっても、風花ちゃんに会いたいから、また病気に罹ろう、なんて言われてた。
豊川風花
……病気や怪我を治してもらって、元の生活が送れるようになるのが医療関係者の喜びなのに。
豊川風花
『いろいろ柔らかそうなのに、身持ちは堅い』なんて評されたっけ。完全にセクハラ発言だけど。
豊川風花
……まあ、そんなわけで、今まで男の人と「お付き合い」したことが無かった。
豊川風花
中学時代位までは何とも思って無かったし。高校ごろには、胸に視線が集まってるのに気づいたし。
豊川風花
……でもまさか、それが今の私に『壁』となってそびえ立つことになるとは……
豊川風花
……
豊川風花
「新しい歌を頂けるんですか?一生懸命がんばりますね。」
豊川風花
『bitter sweet』。私のために作ってもらった、二曲目だ。
豊川風花
前回は友情を思わせる曲だったけど……
豊川風花
前回は友情を思わせる曲だったけど……今度は、恋の歌だ。
豊川風花
……アイドルに恋愛はご法度。だけど、アイドルの歌に恋愛は不可欠。考えれば不条理だ。
豊川風花
もちろん、アイドルになる前の経験とか、小説や映画からのイメージを引っ張って来るのだろう。
豊川風花
……とはいえ、まつりちゃんや百合子ちゃんならいざ知らず、私は空想の中に引き出しが無い。
豊川風花
過去の経験は……前述の通りだ。
豊川風花
その上、私が歌で表現しろと求められるのは、もどかしさを含んだ『大人らしい』恋心。
豊川風花
……デモテープと歌詞カードを持って帰った日、溜息しか出なかった。
豊川風花
……昔やった学科の課題なら、それまでの知識があれば、テキストを読み重ねれば分かってきた。
豊川風花
でも、それまでの恋愛の「知識」が無い以上、どれだけ聞いても読んでも空虚だ。
豊川風花
……
豊川風花
……だいたい、「恋」って何なのだろうか。その定義すら私にはあやふやだ。
豊川風花
例えば、敬愛なら分かる。頼りになった小学時代の先生。部活で活躍していた中学の先輩。
豊川風花
尊敬が思慕に移っていくことは、まま有ることだそうだ。
豊川風花
……でも、思い返してみれば、私の思いはそこまでは深まらなかったみたいだ。
豊川風花
……それじゃあ、庇護欲はどうだろうか?猫ちゃんや、子供の患者さんにむけるような。
豊川風花
……どうもそれも、しっくり来ない。それは母性とかで、恋愛における対等な関係は築けない。
豊川風花
看護師時代、お医者さんにモーション掛けたり、合コンに力を入れていた同僚も居たけど……
豊川風花
……職業倫理に反するというか、奉仕の精神を貶めてる気がして。そういうのを毛嫌いしてた。
豊川風花
……やっぱり、オトナになって恋愛の一つもしていないなんて、変なこと、なんだろうか。
豊川風花
……頭の中の堂々巡りは、たいてい良くない方に転げ落ちていく。……今日はとりあえず、休もう。
豊川風花
……
豊川風花
……久しぶりのオフの日。前夜のお酒が残ってて、遅めに起きた朝。
豊川風花
洗濯機を回して、お掃除して……ふと、頭が回りはじめる。
豊川風花
……どうしてプロデューサーさんは、こんな私にこの曲を当てがったんだろう。
豊川風花
手の込んだ意地悪なんだろうか。私の戸惑う反応が見たくて、ああいう衣装を用意するみたいに。
豊川風花
いや、そんな筈はない。ひとつの歌を世に出すには、沢山の人の力が要る。戯れではやれない。
豊川風花
……それなら、私はこの曲を歌えると信じているの?……手放しに?
豊川風花
……そうでもないかも。プロデューサーさん、案外抜けてるところもあるし。
豊川風花
多分いつも通り、とりあえず企画して、あとは試行錯誤しながら仕上げていくつもりなんだろう。
豊川風花
……プロデューサーさんの考えが読めて、プロデューサーさんも私の心を読んでくれたらいいのに。
豊川風花
話に行くとしても、今日はダメ。オフは自分の為に遣うように釘を刺されてるし。
豊川風花
……たった1日会えないことも、もどかしい。会えている日常では、感じもしない事なのに。
豊川風花
……
豊川風花
……ふと思い当たって、歌詞カードに目を落とす。
豊川風花
『心の中読んでくれたら、簡単なのに』『会わない一日は、なんか寂しくて』
豊川風花
歌詞の世界と私とが、微妙に重なる。プロデューサーさんに恋愛感情なんて、無いと思うのに。
豊川風花
……歌詞の世界観は、やっぱり手探りで掴んでいくしかないのかな。プロデューサーさんと一緒に。
豊川風花
私がどれだけ歌い込めるかも……私にとって『彼』が何なのかも、まだ分からないけど。
(台詞数: 50)