宮尾美也
20:00。今日は少し早く帰れた。
宮尾美也
慣れた赤坂の帰り道も、いつもより少し人通りが多い。
宮尾美也
まあ、今ではお陰さまで、人通りに目が回る、ということもなくなったが。
宮尾美也
何の気なしに、私は今しがた出てきた職場、TV局の大型ビジョンに目をやる。
宮尾美也
『──プロデュース・新世代アイドルユニット、10年の時を経て遂に始動!!』
宮尾美也
…ああ、あの人だ。最近、芸能界の表舞台に復帰したと、エンタメで話題だ。
宮尾美也
…あれから月日も経ち、いろいろあった。
宮尾美也
劇場は大団円のうちに幕を閉じ、仲間は思い思いの道へと進んでいる。
宮尾美也
アイドルを続ける人、タレントや歌手、俳優に転向した人、引退した人。
宮尾美也
私は…中間、だろうか。かつてのネームバリューを活かし、お天気お姉さんをやっている。
宮尾美也
勿論、気象予報士の資格も取った。幸い、夕方のニュースで枠も頂けている。
宮尾美也
…丁度、あの歌を貰ったのも10年くらいまえだったかな。
宮尾美也
情熱を秘めた恋の歌。それまでのイメージからは想像できないシリアスナンバー。
宮尾美也
今でも鮮明に覚えているのは、当時の気持ちとリンクしていたからだろうか。
宮尾美也
会いたいけど、言えなくて。言いたいのに、会えなくて。
宮尾美也
…すれ違ううちに、無情に時間が過ぎていって。
宮尾美也
気付いたら劇場の計画も終了して、結局…何も、言えなかった。
宮尾美也
それから分かったことは、野苺は本当にえぐくて苦いことや、
宮尾美也
スカートが翻っても、翼にもならないし空にも飛べないこと。
宮尾美也
現実を知った。
宮尾美也
…そういえば、あの歌にこんな詞もあったっけ。
宮尾美也
『蛹を蝶に孵すのは、貴方じゃなくちゃ駄目みたい』
宮尾美也
…こんなにいろいろ思い出すなんて。私も感傷的になったな。
宮尾美也
そう内心ひとりごちて、左手は鞄の中をまさぐっていた。
宮尾美也
今も残っている、あの人の仕事用の連絡先。
宮尾美也
………。
宮尾美也
そして、送信をタップする。
宮尾美也
………。
宮尾美也
夜風が寒い。今日はもう帰ろう。
宮尾美也
折角早く上がれたんだ。ご褒美にワインでも買って、ゆっくり飲もう。
宮尾美也
私は左手で鞄をしっかり抑えつつ、地下鉄の入口に足早に向かった。
(台詞数: 31)