真壁瑞希
最後の一話も終わりが近づいている。
真壁瑞希
収録が始まった時は百本揺らめいていた蝋燭の火も、残るは一つのみだ。
真壁瑞希
私たちは、百物語をしている。
真壁瑞希
広いスタジオで車座になった五十人が順番に怪談を語り、語るごとに蝋燭の火を消す。
真壁瑞希
蝋燭は各人の正面に二本立てられており、話した本人が一話ごとに一本だけ消す。
真壁瑞希
二周して五十人全員が二話ずつ語れば、百の怪談が語られたことになる。
真壁瑞希
言い伝えでは、百本目の蝋燭が消された時に不思議な事が起こると言う。
真壁瑞希
いわく、化け物が現れる。
真壁瑞希
いわく、神隠しが起こる。
真壁瑞希
無論、誰も本気では信じていなかった。所詮は言い伝えだと思っていた。
真壁瑞希
しかし、収録が進むにつれスタジオは異様な雰囲気に包まれていった。
真壁瑞希
蝋燭を誤って消さないために、空調は動いていなかった。
真壁瑞希
風のない室内で多数の蝋燭が燃えていた。
真壁瑞希
そんな場所に多人数が長時間いれば、空気が澱んでくる。
真壁瑞希
酸素が薄くなり、息苦しさはどんどん増してくる。
真壁瑞希
そして、蝋燭の灯りが失われるごとに視界の中の闇の領域が広がる。
真壁瑞希
中盤からは暗がりにいる子は顔が陰ってしまい、誰だか分からなくなってしまった。
真壁瑞希
今や最後の一本が語る者の顔を弱々しく照らすのみだ。
真壁瑞希
影を纏った四十九人に囲まれて、最後の一人が怪談を語っている。
真壁瑞希
………そして、その時が訪れた。
真壁瑞希
最後の一話が終わり、皆の視線が集まる中。
真壁瑞希
最後の蝋燭が消された。
真壁瑞希
完全な闇。
真壁瑞希
完全な静寂。
真壁瑞希
まばたきの感覚が無ければ、自分が目を開いているかも分からない。
真壁瑞希
先ほどまでは手を伸ばせば触れられた隣の子の存在も、この闇の中では感じられない。
真壁瑞希
呼吸の音も、衣摺れさえも聞こえない。
真壁瑞希
この闇の中には私以外は存在しない。完全な孤独だ。
真壁瑞希
……………………
真壁瑞希
不意に、照明が点けられた。
真壁瑞希
恐らく数秒だったはずの、無限に続くかと思われた闇は人工の光に追われ去っていった。
真壁瑞希
先ほどまで存在も危ぶまれた共演者達は、暗闇が訪れる前となんら変わらずその場に居た。
真壁瑞希
皆緊張の面もちではあったが、互いに顔を合わせ落ち着きを取り戻そうとしていた。
真壁瑞希
スタッフが暗闇に乗じて驚かしてくるかとも思ったが、そういう事も無いようだ。
真壁瑞希
百物語は何事もなく、実にあっさりとその幕を閉じた。
真壁瑞希
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真壁瑞希
特に何事も起こらなかったということで、収録は締めのコメント撮りに移る。
真壁瑞希
多少疲労の色が見えつつも、緊張感から解き放たれた様子で司会役の子が企画をまとめ始めた。
真壁瑞希
その時、スタッフの方でざわめきが起こり、撮影が中断された。
真壁瑞希
ADらしき若い男性が怒鳴られている。
真壁瑞希
聞き取れた言葉から察するに、どうやら立っている蝋燭が百本に満たないらしい。
真壁瑞希
スタジオ内の皆が目で蝋燭の数を数える気配がする。
真壁瑞希
出演者からは戸惑いのつぶやきや、百物語が完成しなかった事への安堵のため息が聞こえる。
真壁瑞希
なるほど、怪談を百話語っていないなら何も起こらなくて当然だ。
真壁瑞希
…………あれ?
真壁瑞希
じゃあどうして私はさっき、全員が二回ずつ話したから百話だと思ったんだろう。
真壁瑞希
765プロのアイドルは全員で四十九人なのに、おかしいな。
(台詞数: 47)