One More Thyme
BGM
ちいさな恋の足音
脚本家
平沢ヒラリー
投稿日時
2017-11-04 13:56:21

脚本家コメント
タイトル頂き物ドラマです。

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篠宮可憐
何度経験しても開演前のこの時間は慣れない。不安と緊張で吐きそうになる。
篠宮可憐
「大丈夫、大丈夫。」そう自分に言い聞かせる。心配いらない、きっとうまくいく。
篠宮可憐
だって、こんなに緊張しているのだから。
篠宮可憐
あれは何度目かの公演の時。今と同じように緊張していた私に、あの人はこう言った。
篠宮可憐
緊張しているんなら慎重にやれ。緊張して失敗しそうな所は全部入念に確認しろ、と。
篠宮可憐
最初はびっくりしたけど。言われて確認したおかげで、その日はMCの内容を忘れずに済んだ。
篠宮可憐
その日からいつも、私は本番前に入念に確認して、しっかり周囲を見渡すようになった。
篠宮可憐
衣装に着崩れはないか、振り付けで忘れている所はないか。他の皆は大丈夫か。
篠宮可憐
確認してし過ぎという事は無い。緊張しているんだもの、どこで失敗するか分からないのだから。
篠宮可憐
「ふふ。こんな事言われるなんて、思わなかったな」確認中ふと笑みが漏れる。
篠宮可憐
本番前は緊張しちゃいけない、リラックスしよう。ずっと、そう思っていたのに。
篠宮可憐
無理にリラックスして焦るより、緊張感を集中力に換えてしまえ。そんなつもりで言ったのだろう。
篠宮可憐
あの言葉のおかげで、私は本番前に集中出来る。念入りに確認して、しっかり周囲を見渡して。
篠宮可憐
それから。この言葉をくれたあの人を、いつもよりもっと、念入りに観察出来るようになって。
篠宮可憐
「……」
篠宮可憐
楽屋前であの人は今、電話をかけている。本番前は必ずそう、お相手もいつも同じ。
篠宮可憐
話す内容もそうだ、今日はいつもより遅く帰る事になるだとか、先に寝てて構わないとか。
篠宮可憐
きっと多分、そんな事を連絡している。私達とは違った形で、大切に思っている相手の人に。
篠宮可憐
そしてまた相手の人も。いつもと同じように、自分より私の事を心配しろ、と返しているのだろう。
篠宮可憐
「……どうして、なのかな。」
篠宮可憐
思ってはいけない事だけど、つい胸が塞がれてしまう。これもまた、いつも通りだ。
篠宮可憐
こんなにも大切で、ずっと傍にいて欲しいと願っているのに。
篠宮可憐
叶わないんだ、諦めなくちゃいけないんだ。何度、自分にそう言い聞かせただろう。けれども。
篠宮可憐
いつまで経っても思ってしまう。まるで、本番前に緊張するのと同じように。
篠宮可憐
そう、だから。
篠宮可憐
「あ、プロデューサーさん…はい、大丈夫ですよ。準備出来てます。」
篠宮可憐
「はい、頑張りますね。それじゃ、いつものあれ、お願いします…」
篠宮可憐
こうやって、ぎゅっと手を握ってもらう。不安を消す為に、勇気づけて貰うために。
篠宮可憐
それから。私の香りを移す為に。
篠宮可憐
…本当は分かっている。こんな事したって、何にもならない。
篠宮可憐
私の行為を勘繰る人ではない、匂いに気付いても、それを勘繰るような相手じゃない。だけど。
篠宮可憐
せめて、これくらいは。このぐらいの隙間なら、私が割り込んだって。そう、自分に言い聞かせて。
篠宮可憐
…こんな事、いつまで続けるのだろう。いつまでなら、許してもらえるのだろう。
篠宮可憐
念入りに手を握るたび、そんな不安が頭をよぎる。これもまた、いつもと同じ。
篠宮可憐
こんな気持ちのままでいたら、いつか大変な事になるかもしれない。それも分かっているのだけど。
篠宮可憐
そう思っていてもきっとまた、本番の度に私はこの人の手を握るのだろう。
篠宮可憐
今だけは許して欲しい。心の中でそう思って。
篠宮可憐
いつかは止める。だから、今回だけは。そんな事を思いながら、手を差し出す。
篠宮可憐
そう。せめて、あと1回ー

(台詞数: 39)