篠宮可憐
撮影を終えた帰り道。
篠宮可憐
ーー少しだけ、寄り道して帰ろうか。
篠宮可憐
そう言って、彼は笑った。
篠宮可憐
小さく頷きはしたものの、私の頭は違う事を考えていた。
篠宮可憐
ーー私は、彼の笑顔が嫌いだ。
篠宮可憐
『Sentimental Venus』
篠宮可憐
私には、愛嬌も、気の利いた言葉も、人を魅了するスタイルも何もない。
篠宮可憐
視線はいつも足元を彷徨い、目を合わせる事はおろか、背筋を伸ばす事すら容易ではない。
篠宮可憐
そんな私がアイドルとして順風満帆にいくわけもなく、失敗をする度に彼は頭を下げて回った。
篠宮可憐
ごめんなさい。次はもっと頑張ります。
篠宮可憐
私は何度この言葉を繰り返しただろう。何度同じ過ちをしたのだろう。
篠宮可憐
そうやって私が俯く度、彼は私の頭を撫で、決まってこう語りかける。
篠宮可憐
ーー大丈夫だよ。可憐。
篠宮可憐
根拠なんて何もないけれど、私を優しく包む魔法の言葉。それが、何よりも私の心を踏み荒らす。
篠宮可憐
……その笑顔を、私は知っていたから。
篠宮可憐
嬉しいわけでもなく、楽しいわけでもなくーー
篠宮可憐
ただ、目の前の相手を不安にさせないための笑顔。
篠宮可憐
優しさという香りを纏うその笑顔に、何度支えてもらっただろう。
篠宮可憐
でも、ある時私は気付く。
篠宮可憐
でも、ある時私は気付く。ーー彼はいつ、弱くなるのだろう。
篠宮可憐
涙を浮かべる私の頭を撫で、立ちすくんだ手を取り、震える肩を支えてくれた。
篠宮可憐
そんな彼の弱音を、私は聞いた事がない。
篠宮可憐
彼が私より遥かに強い人間だとは思っている。けれど、そこまで完璧な人間だとも思えない。
篠宮可憐
皆と同じように悩み、己の力の無さに嘆き、子供のように喚き、少女のように枕を濡らすーー
篠宮可憐
そんな弱い部分を持たないはずがない。
篠宮可憐
一度気が付いてしまえば、その綻びは彼の笑顔に身を任せていた私を、いとも簡単に揺り動かす。
篠宮可憐
気付けば、彼の強さの象徴である笑顔は、真綿のように私をゆっくりと包み、押し潰していく。
篠宮可憐
ーー可憐。可憐。
篠宮可憐
はっとして顔を上げると、そこには不安そうにこちらを見つめる彼の顔。
篠宮可憐
とくん、と。
篠宮可憐
とくん、と。鼻腔に満たされる彼の香りが、私の心をかき乱し始める。
篠宮可憐
ーー良かった。体調でも悪いのかと思ったよ。
篠宮可憐
ーーあぁ、またあの笑顔だ。
篠宮可憐
さっきまで高鳴っていた胸の鼓動が、今度は針で刺したようにチクリと痛む。
篠宮可憐
ーー私は、彼を知らない。
篠宮可憐
ーー私は、彼を知りたい。
篠宮可憐
丸まった背中が慣れない直立に悲鳴をあげる。
篠宮可憐
丸まった背中が慣れない直立に悲鳴をあげる。正視に慣れていない両目は逃げ場を探して揺れ動く。
篠宮可憐
ーーそれでも、私はーー
篠宮可憐
彼の笑顔を、好きだと言いたいからーー
篠宮可憐
ーーねぇ、プロデューサーさん。
篠宮可憐
世界一臆病な私に、どうか、今だけ世界一の勇気を。
篠宮可憐
語彙などいらない。伝えたいのは、たった一つの想いだけ。
篠宮可憐
プロデューサーさん。
篠宮可憐
プロデューサーさん。貴方に、逢いたい。
篠宮可憐
『Sentimental Venus』
(台詞数: 46)