百瀬莉緒
「あら、いらっしゃい、またきたのね」
百瀬莉緒
彼は一言も返すことなく、いつもの席に、腰を掛ける。
百瀬莉緒
「まったく…無愛想な人ね」
百瀬莉緒
うるさい、いいからいつものをくれ、彼は乱暴にそう言い放つ。
百瀬莉緒
仕事柄、この程度の言われ方には慣れている。だから気にも留めない。
百瀬莉緒
ボトルの栓を抜くと香ってくるアルコールの匂い、私は彼の好きなお酒をグラスへとたっぷり注ぐ。
百瀬莉緒
カウンターを陣取る彼の前までグラスを運んでいって、彼に微笑みかける。
百瀬莉緒
彼は表情を一つも変えることなく、グラスへと手を伸ばすけれど、私はグラスを渡さない。
百瀬莉緒
「お礼の一言くらいあってもいいんじゃない?」
百瀬莉緒
感謝してる。私の言葉を聞いて、彼は簡潔に一言そう述べる。
百瀬莉緒
「よくできました」
百瀬莉緒
彼はグラスを受け取ると、それを口元へと持って行く。
百瀬莉緒
目の下のくまのせいか、ここに来はじめた頃に比べ、随分老けたように見える。
百瀬莉緒
一年前の出会いが、随分と昔話の様に感じてしまうわね。
百瀬莉緒
あの頃は、目が輝いていた。けれど、その眼が輝きを失うのにはそうも時間は掛からなかったわ。
百瀬莉緒
社会へ出て、現実を知って、経験をして、反省して、疲れて…
百瀬莉緒
それを繰り返し繰り返し、何度も反復し続けて…
百瀬莉緒
最後はしがらみという人間関係に嵌って、心が摩耗しきったのね。
百瀬莉緒
だからここへ足を運んで、グラス越しに見える幻に呑まれて、溺れるしかない。
百瀬莉緒
ここは悲しみ通り、哀しみ番地。
百瀬莉緒
大人にしか辿り着けない場所。
百瀬莉緒
「私も一杯いいかしら?」
百瀬莉緒
男は無言で頷くと、飲みかけのグラスをこちらへと向ける。
百瀬莉緒
私は自分のグラスにお酒を注ぐと、彼の目の前へとボトル毎持って行く。
百瀬莉緒
「乾杯」
(台詞数: 25)