河童
BGM
addicted
脚本家
mayoi
投稿日時
2015-04-23 11:29:50

脚本家コメント
ご近所さんの話。

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百瀬莉緒
車を運転する私の前にボールが飛び出した。
百瀬莉緒
と言っても自発的に飛び出したのではない。誰かが投げたに違いないのだ。
百瀬莉緒
脳からの指令はすでに私の肩辺りまで降りてきたが間に合わない。
百瀬莉緒
車に弾かれたボールはあさっての方向に飛び、近所の塀を越えていった。
百瀬莉緒
少し遅れて何かが割れる音がする。
百瀬莉緒
こういう時は盆栽の鉢と相場が決まっているのだが、未来は未定でもある。
百瀬莉緒
つまり、割れたのは鉢ではなかった。
百瀬莉緒
阿修羅のような形相で塀をよじ登ってきたのは河童だ。
百瀬莉緒
「誰の仕業だ!」
百瀬莉緒
口を尖らせた河童が叫ぶ。
百瀬莉緒
尖っているのは元からであろうその口を、水が伝う。頭の皿が割れていた。
百瀬莉緒
「誰の仕業だと問うておる!」
百瀬莉緒
血走った眼は私を捉えている。
百瀬莉緒
「お前さんか?」
百瀬莉緒
塀から飛び降りる河童。膝は丈夫なようだ。
百瀬莉緒
「ああ、止まってしまった。お前のせいで止まったのだ!」
百瀬莉緒
「すみません」
百瀬莉緒
ひとまず謝ってみたが、河童は構わずフロントガラスに貼り付いてくる。
百瀬莉緒
「それだけか? お前さん、自分のしたことが分かっておるのか?」
百瀬莉緒
こうなっては車を発進して逃げることもできない。前方不注意は安全運転義務違反にあたる。
百瀬莉緒
「ボールを撥ねました」
百瀬莉緒
「儂の頭の皿には世界のありとあらゆる林檎を転がす力がある。それをお前は割ったのだ」
百瀬莉緒
失敗は時に思わぬ発見を生む。
百瀬莉緒
ボールを撥ねた結果、河童の生態を知ることもあるのだ。
百瀬莉緒
「しょせん林檎など、と思っておるな? だがそれは誤りだ」
百瀬莉緒
「林檎が転がるのを止めようとも、それは世界との相対的関係には影響を及ぼさない」
百瀬莉緒
「つまり林檎が転がらない時、世界が転がることになるのだ」
百瀬莉緒
「世界が転がるのですか」
百瀬莉緒
「だから儂は決して皿を割らぬよう、住民どもに呼びかけた。回覧板にもそう書いただろう」
百瀬莉緒
陶磁器を可燃ごみに混ぜてはならない旨は覚えているが、河童が住んでいるのは初耳だった。
百瀬莉緒
「神は全能であるからして全てのことを成しうる。しかし儂の皿が無ければ林檎は転がらない」
百瀬莉緒
「つまりお前は神の全能性をも否定した。神への冒涜だ」
百瀬莉緒
私は思わず口を挟む。
百瀬莉緒
「しかし私ですら皿を割ることが可能であるならば、神は元々全能ではなかったのでは」
百瀬莉緒
「黙れ!」
百瀬莉緒
河童は私を一喝すると、辺りを闊歩し始める。
百瀬莉緒
「お前が皿を割ることが神の意志だとも考えづらい」
百瀬莉緒
「神は無能なお前に悪事を働かせ、そのうえ罰したという事になるからだ。それでは邪神だ」
百瀬莉緒
「つまり神は全能であり善良であったのに、お前は壊した」
百瀬莉緒
今や河童は頭数を増し、私を大洋に見立てて回遊している。
百瀬莉緒
「だいたい、お前は今朝の星座占いを見たのか?」
百瀬莉緒
「全て同率最下位で、今日は外を出歩いてはならないと言われたばかりだろう」
百瀬莉緒
だんだん面倒になってきた私は、河童の隙間を縫って車を急発進させる。
百瀬莉緒
河童たちは悠々と振り返り、口元を吊り上げた。
百瀬莉緒
「それで逃げたつもりか。この世界から逃げぬ限り、林檎は動かぬぞ!」
百瀬莉緒
河童の言葉は私の車よりも速く、世界にこだました。
百瀬莉緒
二日後、私は破砕音で目を覚ます。
百瀬莉緒
空き地より飛来したボールが私の部屋の窓ガラスを突き破ったのだ。
百瀬莉緒
床に散らばるガラス片を前に、ボールは悪びれた様子も見せずに日向ぼっこをしていた。
百瀬莉緒
子どもたちの声がする。私はため息をつき、ボールを投げ返す。

(台詞数: 50)