永吉昴
突然だが。うちの学校は、男子だけではなく女子もスラックスを履いていいことになっている。
永吉昴
発足された主な理由としては、スカートの下にジャージを履く、いわゆる「ハニワ女子」。
永吉昴
発足前のうちの学校では冬の時期、ハニワ女子が多かったらしい。理由は単純、寒いから。
永吉昴
だけど、ハニワは基本的に禁止されていた。理由は単純、みっともないから。
永吉昴
男子は防寒のためにスラックスの下にジャージを履いてもバレないが、女子の場合それができない。
永吉昴
男子だけずるい。ハニワ許可しろ。スカート恥ずかしい。内容は様々だが抗議する生徒も多かった。
永吉昴
その結果、学校は新しく女子用のスラックスを作成。申請すれば誰でも履けるようになったのだ。
永吉昴
これがわりと好評で、僕の学年にも入学当初からスラックスを履いている生徒が何人かいる。
永吉昴
話は変わって。僕には小さな頃から一緒の、永吉昴という女の同級生がいる。
永吉昴
女と言っても、昔から男っぽくて、野球好き、スカート嫌いの典型的なおとこ女。
永吉昴
そいつには男友達と同じように接してきたし、その方がお互いに楽だった。
永吉昴
そんな永吉も、スラックス組だった。「スカートはスースーするから嫌」とのこと。
永吉昴
僕自身、「お前がスカート履いてきたら笑う」なんておちょくってた。想像出来なかったし。
永吉昴
…だが、ある日。事件は起きた。
永吉昴
その永吉が、スカートを履いてきたのだ。
永吉昴
そのことは僕らのクラスはもちろん、学校中にあっという間に広まった。
永吉昴
あんなにスラックスの似合っていた昴先輩が。おとこ女の永吉が。一体なにがあったのか、と。
永吉昴
その答えは、案外簡単に、本人の口から出てきた。
永吉昴
「俺、アイドル始めたんだ」
永吉昴
…………はぁ?アイドル?永吉が?
永吉昴
思わず吹き出してしまったら「笑うなよ!」と軽く小突かれた。
永吉昴
だって、おとこ女の永吉が「アイドル始めた」なんて、驚かずにはいられない。
永吉昴
永吉はスカートの裾をぎゅっと握って、顔を真っ赤にしながら照れていた。
永吉昴
いつもと違う永吉に「調子狂うなぁ」なんて思っていると、永吉は続けた。
永吉昴
「親がさ、アイドルでもやってこいって。へへ、似合わないだろ?」
永吉昴
「……俺、女っぽくなりたいんだ。なんでかは秘密だけど、そのために頑張りたくってさ」
永吉昴
「だからさ、応援してくれよな。そうだ、なんか男っぽいことしたら言ってくれよ!?」
永吉昴
…じゃあまずは、俺って言うの、直さないとな。
永吉昴
「あっ、しまった!」
永吉昴
ーーーそれ以来、僕と永吉の付き合い方は劇的に変わった。
永吉昴
スカートを履いているからいつもみたいに暴れられないし、こちらからちょっかいが出しづらい。
永吉昴
階段を上る時も、下から見る形になってしまうから、並んで歩くか、ダッシュで先に上がって。
永吉昴
電車の席に座る時は、慣れるまでずっと外の景色を眺めていた。
永吉昴
……今まで普通だったことが、普通じゃなくなった。
永吉昴
なんだこれ。スカート1つでここまで変わるのか。
永吉昴
アイドルになった永吉は、僕の知らないところでどんどん女子らしくなっていた。
永吉昴
学校に来る日は少しずつ少なくなっていったけど、代わりにメディアへの露出が増えて。
永吉昴
テレビや雑誌、ポスターで見る彼女は、堂々とした表情で可愛らしい衣装を着こなしていた。
永吉昴
だんだん遠い存在になっていくのを、僕は少しだけ寂しく感じた。……少しだけ。
永吉昴
ーーある日。家に帰ると、玄関には見知らぬ靴が。ニヤついた母から一言。「来てるわよ」
永吉昴
まさかと思い部屋に駆け上がると、いた。永吉が、いた。
永吉昴
「おー、勝手にくつろいでるぜー。なぁ、この漫画続きどこ?」
永吉昴
久しぶりに会った幼馴染は、相変わらず人のベッドに寝転がって油断しきっていた。
永吉昴
「いいだろ、楽なんだから…こんなにだらしないの、家かここにいる時くらいだし」
永吉昴
「それ以外はシャキッとしてるつもりだし、ノーカン!な?」
永吉昴
「そうだ、明日なんだけどさ、久しぶりに学校行けそうなんだ!朝一緒に行こうぜ」
永吉昴
おお、久々の登校。きっとクラスのみんなに質問攻めされるんだろうな。人気者だし。
永吉昴
………そう考えると、今この状況はとんでもない状況なんじゃないか?
永吉昴
懐かしさに安心しつつ、自分の置かれている状況にドキドキして。
永吉昴
…きっと、明日も永吉はスカートを履いてくるんだろうな。視線はどうやって逃がそうか。
(台詞数: 50)