僕と昴のネクストボール
BGM
Day After “ Yesterday”
脚本家
nmcA
投稿日時
2016-08-29 00:54:17

脚本家コメント
昴がアイドルになるちょっと前のお話

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永吉昴
『次、スライダーな!』
永吉昴
約20m先の昴が投げた軟式球は大きな変化を見せて、僕のミットへと収まった。
永吉昴
『ん……どうだ?』
永吉昴
変化の大きさは申し分ない。誰が見たって球が曲がったことが分かる。しかし……
永吉昴
「いつもよりキレがない。それに曲がりが早いし、無駄に変化してる」
永吉昴
『だよなぁ……』
永吉昴
「なぁ昴。何か悩みでもあるのか。さっきの直球もおかしかったし。僕でよければ相談に乗るけど」
永吉昴
そう言って、僕は昴にボールを返した。しかし、ボールは昴の右側を通り抜けていった。
永吉昴
『実は……もう、お前と野球はできないんだ』
永吉昴
ボールが草むらの手前で止まる。僕は急いで昴のもとへ駆け寄った。
永吉昴
『親からアイドルをやれって言われててさ。まぁ、アイドルは好きだし、いいんだけど』
永吉昴
「キャッチボールも立派な野球だ。アイドルでもキャッチボールする時間ぐらい取れるだろう?」
永吉昴
ボールを拾いに向かう昴の背中に声をかける。
永吉昴
『だってさ、野球って女の子っぽくないだろ?』
永吉昴
『やっぱりアイドルに、しかもトップアイドルになるなら女の子っぽくないとな』
永吉昴
昴が笑ってボールを真上に投げた。しかし、差し出した昴のグラブに収まることなく地面を転がった
永吉昴
『だから、お前とはもう野球は出来ない』
永吉昴
『高校に入ったら、また一緒にバッテリーを組みたかったんだけどな』
永吉昴
昴が、白い歯を見せた。
永吉昴
「嫌だ……」
永吉昴
「僕は昴とこれからも、高校に入っても、大学に入っても、プロになっても野球をやりたい」
永吉昴
『無茶言うなよ……』
永吉昴
「昴……一球勝負をしよう」
永吉昴
「僕が勝ったら昴は野球を辞めない、昴が勝ったら……好きにしなよ」
永吉昴
ベンチ前に転がしたバットを拾い、バッターボックスへ向かった。昴はじっと動かない。
永吉昴
「正直さ、イラッとしたんだよ。一方的にバッテリー解消されてさ」
永吉昴
「卒業式で言ったよね。オレ達は一生バッテリーだって。それを信じた僕がバカみたいじゃないか」
永吉昴
昴はじっと動かなかった。
永吉昴
「見せてよ、昴!決意を!覚悟を!」
永吉昴
「野球を辞めてまでも、トップアイドルになってやるっていうその意志を!その左腕で!」
永吉昴
昴は顔をあげ、じっとこちらを見た。そして、ゆっくりとマウンドへ向かう。
永吉昴
昴がマウンドをならす。僕はバッターボックスをならす。
永吉昴
バットの先をコツンと背中に付けて深呼吸し、その先を天へと向け、ぐっと腕に力を籠める。
永吉昴
昴が大きく振りかぶる。体をひねり、背中に隠れた左腕が現れて白球が……投げられた!
永吉昴
昴の持ち球はストレート、スライダー、そしてフォーク。昴の性格からすれば狙い球は……
永吉昴
カキーーーン!!
永吉昴
昴の投げた直球を僕が真芯で捉える。打球はライナー性の軌道を描き、そのまま真っすぐに……
永吉昴
……昴のグラブへと吸い込まれていった。
永吉昴
「……僕の、負けだね。好きにしなよ」
永吉昴
『いや、今のは取ったんじゃない。偶然入ったんだ』
永吉昴
「じゃあ、野球の神様がアイドルになれって言っているってことじゃないか」
永吉昴
僕は笑顔を見せた。昴も笑顔で応えてくれた。
永吉昴
「……ねぇ、昴、一つ約束してくれないか。絶対にトップアイドルになるって」
永吉昴
『ああ……分かった!』
永吉昴
「そして、トップアイドルになって」
永吉昴
「女子のプロ野球選手になった僕と、始球式で一球勝負をするって!」
永吉昴
昴が口をポカンと開けていたが、すぐに笑った。
永吉昴
『ああ、約束する!』
永吉昴
――――その後、昴はアイドルになったが、野球は続けることにしたらしい。
永吉昴
僕は今日もバットを振っている。いつか昴と対決する日に備えるために。

(台詞数: 50)