永吉昴
「キラキラ輝いてる 恋のスタジアム ねぇ」
永吉昴
「受け止めてよ マイエース ココロとココロで キャッチアップ☆」
永吉昴
(8月某日。オレは今、プロ野球の始球式の仕事で、アイドルとして球場のマウンドに立っている)
永吉昴
(アイドルとしての笑顔を観客席へ振りまきながら、一曲歌い終えたオレは)
永吉昴
「皆さーん! ありがとうございまーす! 精一杯投げるから、見ててくれよなー!」
永吉昴
(声援の最中、マイクを置き、渡された始球式用の硬球を左手に握りしめた)
永吉昴
「…………」
永吉昴
(そこでオレは投げる直前に、今朝届いたメールの文面を思い出していた)
永吉昴
件名:ごめんな
永吉昴
件名:ごめんな 本文:約束はまた来年な。すまん。
永吉昴
(そっけなく短い一文に、いかにもアイツの野球バカな性格がにじみ出ていると想う)
永吉昴
「いやオレも……人のこと言えないか。へへっ」
永吉昴
― 5年前 ―
永吉昴
男「おーし、投げてこい永吉! 今度こそお前の球、かっ飛ばしてやる!」
永吉昴
「ふん、ばーか。つい最近野球始めたばっかのてめーに、オレのスライダーは打たせねーよっ!」
永吉昴
ビシュッ!
永吉昴
ビシュッ! クククッ…
永吉昴
ビシュッ! クククッ……ブオンッ、スパァーン!
永吉昴
男「うがーっ! くそーっ、なんだそのスゲー曲がるやつ! 反則だぞ!」
永吉昴
「反則じゃねーよ。れっきとした変化球さ。お前が単に曲がる球を打てないだけ~。へっへーん」
永吉昴
小学5年のとき、オレは学校内でも有名なちょっとした野球少女だった。
永吉昴
兄ちゃんから教わった自慢のスライダーで、身体の大きい男子達をバッタバッタと
永吉昴
糸の切れたからくり人形のように空振りさせてやるのが、最高に好きだった。
永吉昴
そんな中でも特に体格のデカい“K”という男子が一人いて、そいつはリトルリーグでもバカスカと
永吉昴
ホームランを打つ「怪童」と呼ばれているようなヤツだった。でも
永吉昴
「女のオレの球も打てないようなやつが「怪童」とか言われてるようじゃあ……」
永吉昴
「リトルリーグも大したことねーんじゃねーのぉ? あははっ」
永吉昴
K「なんだとちくしょーっ! ぜってー打つ! お前のスライダー絶対攻略してやっかんな!」
永吉昴
「えへへっ。やれるもんなら、やってみなーっ。いつでも挑戦、待ってるぜ☆」
永吉昴
今振り返れば、オレはKのことが好きだったと想う。恋でもなく、友情でもない。不思議な感じ。
永吉昴
オレとアイツは「ライバル」という関係で、それからもちょくちょくKはオレに挑んできていた。
永吉昴
しかし一向にオレのスライダーが打たれることはなく、二人は小学校を卒業し、中学生になった。
永吉昴
その後……
永吉昴
その後……Kはリトルリーグで活躍するようになり、そっちが忙しくなって顔を会わせなくなった。
永吉昴
オレはというと、まだ野球が好きだったことから、順当に野球部に入った。選手として。
永吉昴
だが待っていたのは……ただただ「試合に出れない日々」の連続だった。
永吉昴
練習は皆と同じようにやった。確かにパワーやスピードでは徐々に男子に勝てなくなってきていた。
永吉昴
体つきは大きくならないし、なんか胸もふくらんでくるし、色々な変化はオレも切に感じていた。
永吉昴
それでも男に負けてはいないつもりだった。練習試合で投手として男選手を抑えた実績もあった。
永吉昴
しかし……実際の試合でオレが使われることは一度もなかった。
永吉昴
あのマウンドの上に、責任を預けて立たせてもらえない。それはオレにとって、
永吉昴
抗いようのない壁が立ちふさがっているようで、純粋に野球をすることを楽しもうとする前に
永吉昴
切なくて苦しくていたたまれない想いが込み上げてくる。そういう日々だった。
永吉昴
中学二年の春。
永吉昴
オレは選手をあきらめて、マネージャーになった。
永吉昴
野球部のマネージャーも悪くない。やることは沢山あるし、女のオレが大好きな野球に関われる
永吉昴
最後のポジションだ。悪くはない。悪くは、ないんだけど……
永吉昴
やっぱりつまらなかった。投手だったせいか、オレは我がままで目立ちたがり屋なのかもしれない。
永吉昴
そうして毎日くすぶっていたある日――父さんがオレにある話を持ちかけてきた。
永吉昴
父「なぁ昴。年頃なんだからちょっとは女の子らしいことをしてみないか」昴「は?」⇒後編へ続く
(台詞数: 50)