周防桃子
…歌が終わって。
周防桃子
まるで、バクハツするように。どっという歓声と拍手が、桃子にふり注いできた。
周防桃子
観客席とカメラに手をふりながら、舞台袖へ。
周防桃子
退場する桃子の背中にも、なごりおしそうな声がいくつも飛んでくる。
周防桃子
それをふりきって、舞台袖から数歩入った、観客とカメラの視線が届かないところで。
周防桃子
「あっ…。」
周防桃子
まるでさっきまでの軽やかさがウソのように、体が重くなっていた。
周防桃子
なんとか力を入れて歩こうとしても、体がいうことを聞かない。
周防桃子
足がしびれていて、うまく歩けないまま、床につまづいて。
四条貴音
「桃子っ!!」
周防桃子
転びそうになった桃子を、温かくてやわらかいものが、抱きしめていた。
周防桃子
「…貴音さん。」
周防桃子
…戻ってきてくれたんだ。桃子のところに。
周防桃子
うれしくて。でも、胸がいっぱいで、言葉が出ない。
四条貴音
「見ておりましたよ。一瞬たりとも、目を離さずに。」
周防桃子
貴音さんの言葉もふるえていて、目もうるんでいたけど。きっと桃子もおんなじ感じ。
四条貴音
「ありがとうございます、桃子。」
四条貴音
「寂しい思いをしたでしょう。優勝を諦めるのは、後ろ髪を引かれる思いだったでしょう。」
四条貴音
「…しかし、それらを乗り越えて、誰もが予想できなかった程に、その才を花開かせ…。」
四条貴音
「真…わたくしの懸念を笑い飛ばすような、痛快な舞台でした。」
四条貴音
「…桃子は、わたくしを救ってくれたのですね。」
周防桃子
その言葉に、桃子は笑って首をヨコにふった。
周防桃子
「…おたがいさま、だよ。」
周防桃子
もし、貴音さんがあの時話しかけてくれなかったら、ここまで来ることはできなかったから。
四条貴音
「…そうですか。桃子は、真に志高き子ですね。」
周防桃子
二人で顔を見合わせ、少し笑って。
周防桃子
貴音さんに支えられながら、まだ歓声が聞こえてくるステージの方向を見る。
四条貴音
「…桃子。あなたの願いは、叶いましたね。」
周防桃子
貴音さんが、ぽつりとつぶやいた。
四条貴音
「この一瞬、このひと時。あなたは確かに、美希すらを越える飛躍を見せました。」
四条貴音
「最早、あなたの存在を無視できるものなど、何処にも居りはしません。」
周防桃子
…そう。桃子もはっきりと感じた。
周防桃子
ステージの桃子に注がれた、美希さんの強い視線を。
周防桃子
…でも。
四条貴音
「…ええ。だからこそ。」
周防桃子
ぐっと、貴音さんの腕に力がこもる。
周防桃子
桃子と貴音さんの目には、同じものが写っていた。
周防桃子
それを見てしまえば、認めるしかない。
四条貴音
「…あなたの負けです。周防桃子。」
周防桃子
美希さんは。燃える目でこちらを見つめる、その格好は。
周防桃子
自分の持つすべての力で桃子を打ち倒そうとする、挑戦者の姿だった。
(台詞数: 41)