周防桃子
かじかむ手に向かって白い息を吐くと、目の前に円柱型の物質が現れた。
周防桃子
「……ありがとう……ございます」
周防桃子
渡されたホットココアのプルタブを開ける。気の抜けた音とともに柔らかな湯気が立ち上がった。
周防桃子
「あと、何テイクいける?」
周防桃子
「次で終わらせます。安心してください」
周防桃子
池の中央に浮かぶ苔むした岩に焦点を合わせて集中する。
周防桃子
花札……大正時代……ホトトギスに藤の花。完成形は……。
周防桃子
「そらに聞いていたけど、思った以上のナマイキ加減だね」
周防桃子
「どういうことですか?」
周防桃子
売り言葉に買い言葉。ダメだ、全然集中できていない。
周防桃子
「いや、褒め言葉のつもりだったんだけど。それぐらいじゃないと私とは組めないな、ってね」
周防桃子
お姉さんがカメラを片手に両目をつぶる。きっとウインクのつもりなのだろう。
周防桃子
「お姉さんって、そらさんのお友達なんですよね?」
周防桃子
「学生の頃からのね。あと、私には敬語じゃなくていいって言ってるでしょ?」
周防桃子
お姉さんの言葉にふぅん、と返し、ココアに口を付ける。池の岩に2羽のスズメが飛んできた。
周防桃子
「お姉さんとそらさんって、どんな友達なんですか?」
周防桃子
「だから敬語は……。まぁ、いいや。ありきたりな言葉で言えば腐れ縁だよ」
周防桃子
「中学校で出会って意気投合して、高校大学と一緒になって同じ職について。ただそれだけ」
周防桃子
「それだけって、充分すごいんですよ。その……何年も仲良くできるって」
周防桃子
自分の言葉が、蓋をしていたイヤな記憶を思い出させる。
周防桃子
暗い廊下。キッチンから漏れる灯り。響き渡る怒声。ギュッと握りしめたぬいぐるみ。
周防桃子
私は2,3度頭を振る。お姉さんは気にせずにコーヒーをすすり、鈍色の空へ白い息を吐いた。
周防桃子
「何が言いたいのかは分かんないけど、大したことはしてないよ」
周防桃子
岩に止まっていたスズメのうち1羽が池の淵に生えた松の木に飛び移った。
周防桃子
「……ケンカは?」
周防桃子
私は岩にとどまったスズメを見つめながらお姉さんに質問する。
周防桃子
「何度もあるよ。お互い頑固だからね」
周防桃子
松の木に止まったスズメが鳴く。池にいるスズメを呼ぶように。だが、池のスズメは動かない。
周防桃子
「……怖くなったりしなかったんですか」
周防桃子
「何が?」
周防桃子
「……仲良くなることが」
周防桃子
松の木のスズメが1羽で空へと飛んで行った。
周防桃子
「……なかった」
周防桃子
私はお姉さんを仰ぎ見る。
周防桃子
「そらが私と仲良くしたいと思っているのが分かったし、それに私も仲良しでいたかったから」
周防桃子
――桃子ちゃん
周防桃子
私の名前を呼ぶ黄色い声が脳内でリフレインする。
周防桃子
池のスズメが、空へと飛びだった。
周防桃子
「さっ、そろそろ飲み終わった?撮影再開するよ。ワンテイクで終わらせるんでしょ?」
周防桃子
お姉さんが両目をつぶる。私はこくりと頷いて椅子から立ち上がる。
周防桃子
立ち位置についてそっと目を閉じる。
周防桃子
リフレインした声が身体に染み込む。冷たい空気が暖かくなるのを感じる。
周防桃子
「……桃子もだよ」
周防桃子
目を開くとお姉さんが怪訝そうな目でこちらを見てる。
周防桃子
「ちょ、ちょっとなにボーっとしてるの!早く準備して!」
周防桃子
お姉さんに慌てて叫ぶと、お姉さんはにやりと笑った。
周防桃子
「やっと敬語をやめてくれた」
周防桃子
「……っ!!うるさい!!」
周防桃子
顔が赤くなるのを感じつつ、私は改めてポーズをとって顔を上げる。
周防桃子
空を見上げると、2羽のスズメが気持ちよさそうに並んで空を飛んでいた。
(台詞数: 50)