周防桃子
ひさしを叩く音が強くなったと思い、窓の外を覗うと案の定だった。
周防桃子
『大丈夫よ、通り雨みたいだから』
周防桃子
「大丈夫って……別に桃子は何も言ってないよ」
周防桃子
『そうかしら?腕を組んで、ため息をついているように見えたけど』
周防桃子
おばちゃんに何か言いかえそうと口を動かしたが、のどからは何も出てこない。
周防桃子
『お前、あんまりいじめるんじゃないぞ。桃子ちゃん、いつもの頼むよ』
周防桃子
おじちゃんの助け舟に乗って、私はカウンターの椅子にちょこんと座った。
周防桃子
「今日は……チャーハンだよね!」
周防桃子
私の言葉におじちゃんは黄色い歯をのぞかせてにかっと笑う。
周防桃子
「チャ・ー・ハ・ンっと!はい、書けたよ」
周防桃子
黒板にチャーハンの文字とウサギさんの絵を書いていると、下のほうが空いていることに気付いた。
周防桃子
「ここって……日替わりランチの場所だよね。今日はどうするの?桃子が書いてあげる」
周防桃子
マジックのふたを開け直して、おじちゃんを見ると、おばちゃんと目を合わせてニヤニヤしていた。
周防桃子
『昨日、来てくれた子、何て言ったっけ?唐揚げを美味しそうに食べていた関西弁の……』
周防桃子
「奈緒さんのこと?」
周防桃子
『そうそう、それで一昨日はカメラを持った子とあと春香ちゃんが来たっけな。その前は……』
周防桃子
『のり子ちゃんだよ。その前には雪歩ちゃんと千鶴ちゃんにロコちゃんだったよね』
周防桃子
「えっと……」
周防桃子
『ほら、桃子ちゃんが困っているじゃない。さっさと結論から言わないと』
周防桃子
『なんだよ、お前だって話に乗ってきたじゃねぇか』
周防桃子
『なんだい、アタシが悪いっていうのかい?だいたいね、あんたはいつもいつも』
周防桃子
「すとーーーーーっぷ」
周防桃子
2人の前に黒板を差し込んで小さく息をつく。
周防桃子
「2人とも、大人なんだから毎日同じ時間にケンカしないで」
周防桃子
私の言葉に二人は頭を掻いた。……全く同じ場所を。
周防桃子
『じゃあ、単刀直入に聞くけどね。今日は誰が来るんだい?』
周防桃子
「……え?」
周防桃子
『今日も仲間お友達が来るんでしょって言いたいのよ、この人は』
周防桃子
『こう毎日来てくれるんだ、たまにはお友達の好物でも作ってあげようかなってね』
周防桃子
私はもう一度窓の外を見た。黄色い傘が右から左へと流れていくのが見える。
周防桃子
「もし、来なかったらどうするの。この雨だよ。普通のお客さんも怪しいのに」
周防桃子
『そりゃ、大丈夫だ。絶対に来るよ』
周防桃子
おじちゃんはまっすぐ私を見た。
周防桃子
『桃子ちゃんはいい子だからね』
周防桃子
おばちゃんの言葉ににやけてしまう自分が、少し悔しい。
周防桃子
『それに、桃子ちゃんだって来るって思っているんだろ。窓を見た時、そういう顔をしてたもの』
周防桃子
「……どういう顔?」
周防桃子
『雨がこんなにひどいのに、無事に来ることができるかなって心配している顔』
周防桃子
『桃子ちゃんは、お友達が大好きだもんなぁ』
周防桃子
優しい顔で二人が私の顔を覗いてくる。まったく、いい迷惑だ。
周防桃子
『書かないって言うんならいいんだ。いつもどおり唐揚げ――
周防桃子
「オムライス」
周防桃子
私は黄色いマジックのふたを開けた。ポンっという音が店内に響いた。
周防桃子
「オムライスって言ったの。ほら、おじちゃん早く。卵が足りないなら桃子が買ってくるから」
周防桃子
2人と目を合わせないように、黒板に大きくオムライスを描く。
周防桃子
赤いマジックをケチャップ代わりにウサギさんを書き終えると、外が静かなことに気付く。
周防桃子
引き戸を開ける。空は爽やかな青に変わっていた。黒板を置いて、営業中の札を掛ける。
周防桃子
「……別に甘くなったわけじゃないよね」
周防桃子
後ろから足音が聞こえる。小さな小さなよく聞く足音が。
周防桃子
私はくるりと振り向いた。七色の虹の下、黄色い傘を下げた女の子がこちらに向かって走っていた。
(台詞数: 50)