最上静香
『バスがこなーーーい』
最上静香
立ち上がってそう叫ぶ翼に「座って待ちましょう」と声を掛けようとした時だった。
最上静香
……スローモーションで見えるって本当なんだって気付いた。
最上静香
『静香ちゃん、帰ろう』
最上静香
事務所のソファーに座る私に未来が声を掛けた。
最上静香
私はただ首を横に振った。
最上静香
足音が離れ、冷たい音を立ててドアが閉まる。事務所には時計の針の音だけが規則的に響いている。
最上静香
スローモーションだった。
最上静香
ゆっくりと翼が振り向く。笑顔に溢れた横顔が除く。
最上静香
そして、気付けば翼がいた場所に自転車が転がっていた。5時のサイレンが街中に響いていた。
最上静香
時計の音が事務所に響く。
最上静香
ぎゅっと目をつぶると、ベッドに寝かされた彼女の姿が思い浮かぶ。
最上静香
包帯の巻かれた頭、痛々しい痣の残る手足。
最上静香
病院に駆けつけた百合子は翼を見たとたん泣き崩れた。
最上静香
一緒に来た美希さんが支えなければ、百合子も大変なことになったかもしれない。
最上静香
事務所のドアがそっと開く音がした。一人分の足音だけがカツンカツンと響く。
最上静香
「ごめんね、未来。まだそっとしておいてくれないかな」
最上静香
足音は返事をせずに近づき、私の後ろで止まった。
最上静香
『未来?』
最上静香
首元に生暖かい風が当たったかと思えば、肩にそっと手が置かれた。
最上静香
(……未来じゃない?)
最上静香
そう気づいた時には、肩に置かれた手がゆっくりと私の首を包み込んでいた。
最上静香
じわじわと手に力が入れられる。少しずつ息が苦しくなる。
最上静香
(もしかして、翼……なの?)
最上静香
声にならない声で私が呟く。
最上静香
4つの指にさらに力がこもる。爪が私の首に食い込んだ。
最上静香
(4つ……?)
最上静香
翼じゃないと気付き、声をあげようとしたが、既に遅かった
最上静香
徐々に遠のく意識の中、どうして私は、背後にいるのが翼だと思ったのだろうと考えた。
星井美希
「まったく、揃いも揃って世話が焼けるの」
最上静香
突然の声にハッとする。
宮尾美也
「しょうがないですねぇ~」
最上静香
声のするほうを向くと、美希さんと美也さんが立っていた。
星井美希
「翼は大丈夫なの、あふぅ」
宮尾美也
「そろそろ目を覚ますと思いますよ~」
最上静香
何が何だかわからないが、先ほどまでの息苦しさは消えていた。
最上静香
「あの、これは一体……」
宮尾美也
『おやおや、もう朝ですねぇ』『空が真っ赤なの』『む~ん、それじゃあ、今日は雨でしょうか?』
最上静香
私の質問を無視し、二人はいつも通りのマイペースさで会話を続けている。
最上静香
困り果てた私は近くの鏡を覗き込む。泣きはらした瞼に苦笑いしたが、すぐに私の顔はひきつった。
最上静香
首元に残る四対の痣
星井美希
『明日には消えているはずなの。もう悪さしには来ないから安心していいよ?』
星井美希
「悪さ、ですか」「そうなの、とっても悪い子なの」
宮尾美也
「どうして、もう来ないって分かるんですか」「それは~、秘密なんですよ~」
最上静香
美也さんが口元に人差し指を当てる。
星井美希
「さ、静香もそろそろ帰るの。お家で寝たほうが気持ちいいよ?私も帰るの」
宮尾美也
「そうですね~、私も帰りましょうか~」
最上静香
二人につられて荷物をまとめ事務所を後にする。
星井美希
『う~ん、朝焼けがキレイ!」『幻想的ですねぇ』ビルを出た二人が声をあげる。
最上静香
二人につられて、空を見上げると、カラスの大群が逃げるように飛んでいった。
(台詞数: 50)