周防桃子
イントロ。カウントダウン。そしてフルスロットル!
周防桃子
さあ、桃子のステージのはじまりだよ!
周防桃子
さっきまでの静かさかとは反対のはげしい動きに、観客席の人たちが息を飲んだ。
周防桃子
今までにないくらいに集中していたせいか、そんな細かいところまでもよく見える。
周防桃子
…ううん、それだけじゃない。
周防桃子
周りのことだけじゃなくて、桃子自身のこともはっきりと感じることができた。
周防桃子
指先から足の運びまで、まるですべてつながっているように、自然にのびのびと体が動かせる!
周防桃子
ステージの上でこんなふうになったのははじめて。なんだか不思議な感じ…。
周防桃子
でも、これなら思ってた以上にやれる。
周防桃子
桃子の全力で、この歌を演じきってみせる!
周防桃子
動きのはげしさは、表情の奥に隠した強い感情を。
周防桃子
動きのしなやかさは、上品さと美しさを。
周防桃子
動きのするどさは、かんたんに触れることのできないプライドと高貴さを。
周防桃子
貴音さんの言ったとおり、この歌は本当に桃子にぴったりだった。少なくとも、その心だけでも。
周防桃子
実際には、はげしい動きで、桃子の小さな体は、ぎしぎしと悲鳴を上げていたけれど。
周防桃子
でも、そんなことがまったく気にならないくらいに、今の桃子は歌にのめりこんでいて。
周防桃子
いたずらな笑みを浮かべながら、そっとくちびるにふれた指先を、観客席に投げ。
周防桃子
遠ざかると見せて、くるりと身をひるがえし。近づくと見せて、またくるりと身をひるがえす。
周防桃子
まるで見ている人をもてあそぶみたいに、前へ後ろへ。
周防桃子
気をもたせるように両手で作ったハートマークを胸の前でゆらゆらと。
周防桃子
幸せそうに、やさしく抱きしめるようにして、見ている人の期待をあおる。
周防桃子
それなのに、おどけた仕草で、笑いながら相手をつきはなす。
周防桃子
ステージの上にいるのは、周防桃子という名前の、可愛くて意地悪で気取った、情熱的な小悪魔。
周防桃子
ただの子供じゃない。子供なんてワクで、桃子を止めることはできない。
周防桃子
いつの間にか、観客はすっかり言葉をなくして、桃子に見入っていた。
周防桃子
そこから感じるのは、すごいとかかっこいいとか、全部が良い感情っていうわけじゃない。
周防桃子
たぶん、生意気とか気持ち悪いみたいな、冷たい感情もかなりの量を感じた。
周防桃子
…それでも、かまわない。
周防桃子
それだって、春香さんには無い「刺激」が作った結果だから。
周防桃子
春香さんが残していった強い印象を、それ以上の刺激で忘れさせる。それができれば桃子の勝ち。
周防桃子
ここまでで、それはほとんど成功に近づいている。
周防桃子
そして、ここからがクライマックス。
周防桃子
リズムに体をゆらしながら、テンションを高めていって…。
周防桃子
それが限界まで高まったとき。
周防桃子
さあ、背中を伸ばせ。胸を張れ。足で床が割れるくらいに踏みしめろ。
周防桃子
左手、そして右手で高まったテンションを叩きつけ。
周防桃子
左右の腕の中に見える人たちを、やさしい笑顔で見下ろしながら。
周防桃子
今、桃子は高らかに命令する。
周防桃子
そこにひざまずいて、と!
周防桃子
…その瞬間、会場のすべての視線が桃子に突き刺さるのを感じて。
周防桃子
…桃子は、自分の勝利を確信した。
周防桃子
その後も、体と心を全開にして、桃子は限界ぎりぎりのパフォーマンスを続けて。
周防桃子
…そして、歌が終わった。
周防桃子
拍手は、ぱらぱらとまばら。ざわめきがあっても、歓声はほとんど聞こえない。
周防桃子
…みんな、まだおどろきからぬけ出していない様子だから、それも仕方ないかな。
周防桃子
その時。どこかぼんやりとした空気の中で、はっきりとした視線…存在感を感じた。
周防桃子
そちらを見ると…あれは、まさか…!?
周防桃子
出口へふり向いた背中は、見まちがえることなんてない、長い金髪の持ち主だった。
周防桃子
「美希さん、見てたんだ…。」
周防桃子
疲れで重くなった体で必死に立ちながら、桃子は美希さんの背中を見つめ続けた。
(台詞数: 50)