女子、三日会わざれば㉑『狂咲』
BGM
MAINBGM_RMX
脚本家
遠江守(えんしゅう)P
投稿日時
2016-07-29 02:49:13

脚本家コメント
21話。遅くなりましたが、なんとか二話掲載できました。

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周防桃子
まだ、会場の熱気が残っている中を、ステージの中央まで歩いた。
周防桃子
桃子の登場に、観客席から拍手が起こる。
周防桃子
でも、それは春香さんの空気に染められたもので、桃子への期待から出たものじゃない。
周防桃子
だから、この空気には…付き合わない。
周防桃子
両手を顔の前にかざして、桃子の顔を観客席から見えないようにした。
周防桃子
桃子も、目の前に見えるのは自分の手の甲だけで、他には何も見えなくなっている。
周防桃子
目に入るものが少なくなって、集中するにはちょうどいい。
周防桃子
ざわざわと、観客席からとまどいの声が聞こえてくる。
周防桃子
その中には、桃子の姿を見て、マイクを持っていないのに気付いた人もいた。
周防桃子
そう。桃子は両手を空けるために、ヘッドセットを付けている。
周防桃子
これから歌うのは、桃子の全力の挑戦。
周防桃子
両手の指先まで使った、ダイナミックさと優雅さを持ち合わせた振り付け。
周防桃子
表情だけじゃなくて仕草も使って、全身で表現する力。
周防桃子
そして、アイドルソングにふさわしくない、ダークでエロティックな歌。
周防桃子
『I Want』。
周防桃子
本来は春香さんの持ち歌だけど、貴音さんはこれを切り札として用意していた。
周防桃子
貴音さんがこの歌を選んだ理由は、桃子にはよくわかる。
周防桃子
王道には邪道をぶつけるのがいい。
周防桃子
ドラマや映画でもそうだけど、いくら王道だって、似たようなものが続けば、飽きてしまう。
周防桃子
満足していても、他の刺激もほしくなってしまうのが、人の心だって貴音さんは言っていた。
周防桃子
春香さんは、一回戦と準決勝で、得意としてる王道のアイドルソングを歌った。
周防桃子
歌のレベルは高くても、そこには意外さや刺激はほとんど無い。
周防桃子
…だから、桃子がとびっきりの刺激をあげる。
周防桃子
これは、たった一回の。二回目は無い、本当のサプライズ。
周防桃子
まだ何も知らない子供の、たった11歳の桃子が。
周防桃子
マグマのように熱くドロドロとした、恋愛の歌を歌う。
周防桃子
しかも、本当の歌い手の、春香さんの目の前で。
周防桃子
邪道もここまでくると、こっけいなくらいで、まるで子供のお遊びだった。
周防桃子
でも、これを遊びで終わらせない力…武器が、桃子にはある。
周防桃子
それは、演技力。
周防桃子
子役のころ、よく言われたことがある。
周防桃子
演技が上手すぎる。子供らしくない。生意気。気持ち悪い。
周防桃子
どれだけひどいことを言われても、一生懸命にそれをみがき続けてきた。
周防桃子
そんな自分だったからこそ、だれが相手でも言える。演技なら、だれにも負けないって。
周防桃子
春香さんだって、この歌を歌うとき、ほとんどは「ダークな部分」を演じている。
周防桃子
だったら、桃子だって同じくらい…ううん、それ以上にだってやれる。
周防桃子
生意気でも、気持ち悪くてもいい。ただこの一曲だけの間、視線をクギづけにできれば!
周防桃子
始まりの合図に、桃子はブーツのヒールで、カツンと音が立つほどに床を踏み鳴らした。
周防桃子
練習の時に、貴音さんがふと言った言葉を思い出す。
周防桃子
『狂い咲き、という言葉があります。季節を違えて咲く花のことです。』
周防桃子
『不吉と言われ、毒を含むと言われますが、常のものに無い美が人を惹き付けるとも言います。』
周防桃子
…それは、今!
周防桃子
集中力を限界まで高めた桃子は、顔の前にかざしていた両手を、左右に開いた。
周防桃子
そこから出てきたのは、桃子自身でもわかる、自信にあふれた極上の笑顔。
周防桃子
桃子は、狂い咲く。
周防桃子
だれよりもあざやかに、美しく。
周防桃子
目に焼き付けて。
周防桃子
「…いくよ。『I Want』!」

(台詞数: 48)