周防桃子
今日、環になんでいつも踏み台を持っているかを聞かれたの。
周防桃子
前に他の誰かにも聞かれた気がする。亜利沙さんだったかな。
周防桃子
……別に大した理由なんてないよ。ただ、あまり話したくないだけ。
周防桃子
……黄昏時になると思い出すんだ。あれはまだ私が役者だったころ。
周防桃子
「将軍鳥物帖」っていう全然流行んなかった映画があるの。
周防桃子
流行んなかった原因は小さかった私でも分かった。監督も作家も演者もみんなプロ意識がなかった。
周防桃子
そんな現場でやる気を出せっていうのが無茶な話。私のワガママも酷くなって、現場の空気は最悪
周防桃子
それでも、毎日現場に通ったのは、私のプロ意識もあるけれど、会うのが楽しみな人がいたから。
周防桃子
干支は一緒でも、歳が30以上離れた背の高いお姉さん。
周防桃子
休憩中に私のワガママに付き合ってくれて、たくさんの遊びを教えてくれた笑顔が素敵な人。
周防桃子
お姉さんは占いが好きだったんだ。タロット占いを教えてもらったから、私も少しできるんだよ。
周防桃子
……現場ってね、一人でもムードを作れる、例えお姉さんみたいな人がいれば、空気が良くなるの。
周防桃子
私も何となくそれが分かってたから、みんなのプロ意識がなくても上手くいくかなって思ってた。
周防桃子
でも、甘くはないよね。結局、映画はタイトルとは違って鳴かず飛ばず。
周防桃子
完成後に打ち上げがあるわけでもなく、スタッフとはそれきりの関係だった。
周防桃子
お姉さんを除いてね。
周防桃子
……あの日、初めてお姉さんの家に遊びに行った。
周防桃子
西日が部屋全体を赤く彩っていたことを覚えている。ちょっとだけ、怖かった。
周防桃子
でも、陽はすぐに沈んだし、お姉さんと遊ぶのに夢中で怖い気持ちなんてすぐに忘れてた
周防桃子
八時を過ぎたころかな。そろそろ帰らなきゃって思って、お姉さんにバイバイを言おうとしたの。
周防桃子
でもね、お姉さんはニコニコして答えてくれなかった。
周防桃子
おかしいなって思ったけど、そのまま荷物を持って玄関へ行こうとすると、お姉さんが通せんぼした
周防桃子
どいて、って言っても、どいてくれない。無理に通ろうとしても戻されちゃう。
周防桃子
私は思いっ切り騒いだ。だって、お姉さんは私のワガママをいつも聞いてくれたから
周防桃子
……気づいたら、私はベッドの上にいた。知らない部屋だった。
周防桃子
ドアを押しても開かない。よく見ると南京錠がかかっていた。
周防桃子
私は大声で叫んだ。出してって。私を帰してって。すると、返事が返ってきたの。
周防桃子
すぐ後ろから。
周防桃子
お姉さんはニコニコ笑ってた。ううん、笑ってたけど、笑っていなかった。
周防桃子
……話はこれでおしまい。この後?大丈夫、お姉さんは私を家から出してくれたよ。
周防桃子
後で他の女優さんに聞いたら、お姉さんはノイローゼなんだって言ってた。
周防桃子
あの映画が売れなかったら、契約を切るって事務所に言われていたらしいの。
周防桃子
……私は、子供じゃダメなんだって思ったの。女優としてじゃなくて、ひとりの人として。
周防桃子
そうすれば、お姉さんの悩みも聞けたはずだから。
周防桃子
だから、私は踏み台を使うの。まだ小さい私が、少しでも大人と対等に渡り合うために
周防桃子
どう?分かった?分かったなら、おいしいパンケーキ屋さんに連れて行ってよね。
周防桃子
……もう、返事だけはいつもいいんだから、お兄ちゃんって。
周防桃子
ねぇ……お兄ちゃん。お兄ちゃんは、ニコニコしているだけの大人になっちゃダメだよ。
(台詞数: 38)