周防桃子
ライバルの演技を垂れ流すテレビを切り、リモコンを放り投げる。
周防桃子
子役女優にありがちな棒読み、あの甘えた演技。桃子はあれが大嫌い。
周防桃子
『周防桃子』。それが私の芸名。
周防桃子
お芝居に一切の妥協をみせない桃子はぐんぐんと実力を伸ばしていた。
周防桃子
マネージャーは、桃子がブレイクするのも時間の問題だと言った。
周防桃子
ほっとした表情のお母さんを横目に、ポケットの中の石に触れる。
周防桃子
何歳のときかは分からない。カエルの鳴く夜だったから夏だと思う。
周防桃子
手渡された石ころ。お父さんが言うには、昔拾った隕石のかけららしい。
周防桃子
私も空に浮かんでる小さな星を拾ってみたくて、思いきり手を伸ばす。
周防桃子
そんな風に心から笑う私を見て、お父さんは愛おしそうに頭を撫でた。
周防桃子
あれから私も大きくなって、星はずっと遠くにあるんだと知った。
周防桃子
でも踏み台に乗れば大人たちと条件は同じ。フェアな勝負なら、桃子は負けない。
周防桃子
プロデューサーの予言どおり、桃子へのオファーは爆発的に増えた。
周防桃子
喜怒哀楽のすべてを、非現実的なまでの迫力で演じる桃子を人は奇蹟だとか神童と呼んだ。
周防桃子
その頃、夜遅くまでお父さんとお母さんが話し合うことが多くなった。
周防桃子
お父さんは私を芸能界に入れることに初めから反対していた。
周防桃子
それを強引に押し切るお母さんの情熱は、いつもどこか異様だった。
周防桃子
まるでお母さん自身が、芸能人になったかのようで。
周防桃子
そうして私たちは高級ブランドに身を包み、渋谷の街を歩く。
周防桃子
撮影現場に遅れたり、挨拶をおろそかにすることも多くなった。
周防桃子
学校にはあまり行かなくなった。というより、行く時間がなかった。
周防桃子
ある日、お父さんが帰ってこなかった。
周防桃子
次の日も、さらにその次の日も。
周防桃子
『周防桃子 様』と書かれた台本をそっと閉じる。
周防桃子
仕事に行こうとしない私に腹を立てたお母さんは、勢いよく扉を閉めてどこかへ出かけてしまった。
周防桃子
机の奥にしまい込んでいた石ころを取り出して眺める。
周防桃子
どこで間違えたのだろう。
周防桃子
お母さんの願いどおりにがんばってきた。そんな桃子をみんな賞賛してくれた。
周防桃子
そうしてできたファンが、桃子の背中を押してくれた。
周防桃子
みんなが望む桃子になったのに、その先にお父さんはいなかった。
周防桃子
いや、違うか。
周防桃子
私が捨てたんだ。
周防桃子
お父さんが望んでいないのを知った上で、二つの願いを天秤にかけた。
周防桃子
どちらがより重要かだなんて考えたことが、そもそも間違いだったのだ。
周防桃子
だれよりも偉くなったつもりで、私にとって大切なものも忘れて。
周防桃子
元子役スターの桃子は、卑怯者のくずになってしまった。
周防桃子
こんなとき、もし兄がいたら優しく頭を撫でてくれるのかなと思った。
周防桃子
季節が巡る頃、アイドル事務所からのスカウトの手紙が届いた。
周防桃子
気付くと私は事務所へと足を運んでいた。事務所は私の二つ返事に驚きながらも歓迎してくれた。
周防桃子
結局のところ、私には演技しかなかった。そればかりを学んできた。
周防桃子
だから私は奇蹟でも、神の子でもない。
周防桃子
私は、お父さんとお母さんの子だ。
周防桃子
ただ二人に認めてほしくて、私はここまできた。
周防桃子
でもお父さんは私が好きで、お母さんは桃子が好きで。
周防桃子
だからもう一度、桃子になる。今度は私を見失わぬまま。
周防桃子
そしていつか、お父さんとお母さんと、また一緒に……。
周防桃子
ポケットの中の隕石を握りしめ、ステージへと踏み出す。
周防桃子
ユートピア。実在し得ない、理想の地。
周防桃子
ここから始めよう。
周防桃子
私と共に歩んでくれる、客席いっぱいのサイリウムの星屑を、胸に抱いて。
(台詞数: 50)