周防桃子
…トーナメントが終わって、765プロはいつもの日常を取り戻していた。
周防桃子
みんながあれほど熱く、はげしくぶつかりあった日々が、まるでウソのように。
周防桃子
結果だけを言えば、桃子は準決勝で貴音さんに負けて、ベスト4止まりで終わった。
周防桃子
そして、貴音さんは、決勝戦で負けて、準優勝に。
周防桃子
決勝戦に挑む貴音さんは、銀色の髪がくすんだ灰色に見えるくらい、生気がなくなっていて…。
周防桃子
『ふたつの月』という歌は、貴音さんがすべてをしぼり尽くて出した、本当の切り札だった。
周防桃子
あの歌は、桃子の世界とか、貴音さんの世界とか、そんなレベルを超えている。
周防桃子
その場にいるすべての人の世界を書き換えてしまうような、としか、言葉にできないくらいの…。
周防桃子
…とにかく、桃子は負けた。そう認めるしかないくらいに、完全に。
周防桃子
そして、思い知らされた。自分は、何もかも、貴音さんに並べるレベルじゃなかったって。
周防桃子
日常に戻った桃子が始めたのは、地力をつけるための基礎練習を重点的にすることだった。
周防桃子
今日も、劇場の定期公演が終わった後、桃子は衣装もそのままに、もう一度ステージに立つ。
周防桃子
ステップ、ステップ、ターン。さっきの公演のおさらいを、何度もくり返して。
周防桃子
どこが良かったか、どこが悪かったか。自分の動きを、ひとつひとつチェックして。
周防桃子
自分だけじゃない。共演者の良いところ、すごいところを取り入れることができないか、考える。
周防桃子
考えて、練習して、考えて、練習して…。
周防桃子
まるで、砂粒を自分の足元にしきつめて、土台を作っていくような…。
周防桃子
…そんな、トーナメントのころとはまるで反対の、ゆったりとした時間が流れていった。
四条貴音
…物陰から窺い見る桃子は、ただひたすらに、地味ながら濃密な練習を繰り返していました。
四条貴音
桃子…。この時を、辛く感じることもあるやもしれませんが、今はただ耐え続けなさい。
四条貴音
灼熱の時間は終わり、落葉の時を経て、あなたの季節は冬の最中にあります。
四条貴音
それは、凍った土に根を張り、蕾に力を蓄える時期。
四条貴音
辛くても、終わらない冬はありません。冬が終われば、春。あなたの季節です。
四条貴音
その名の通り、あなたは雪を割って咲く、強く可憐な桃の花。
四条貴音
今度は、わたくしに触発された、季節外れの狂い咲き、徒花としてではありません。
四条貴音
あなた自身が積み重ねてきたものを土壌として、大輪の花を咲かせるのです。
四条貴音
『男子三日会わざれば刮目して見よとは、女子も同じこと』と、わたくしは申しました。
四条貴音
ならば、三日のみならず、長い冬を越えたあなたは、どれだけ人目を驚かせることでしょう。
四条貴音
わたくしたち二人が並び立つその時は、存外遠くないのかもしれません。
四条貴音
そして、わたくしたちの道が再び一つに交わった、その時、その場所は、さぞや…。
四条貴音
…わたくしは、その光景を。いつか桃子と迎える未来を幻視し、唇を綻ばせるのでした。
周防桃子
……。
周防桃子
…貴音さん、行ったみたいだね。
周防桃子
気配を消してるつもりだったみたいだけど、逆に静かすぎるから、それでわかっちゃうんだよね。
周防桃子
自分で突き放したくせに、本当に心配性なんだから。それとも、甘えん坊かな?
周防桃子
…まあ、いいか。それより、貴音さんがいなくなったんだから、さっさと始めないと。
周防桃子
桃子は、貴音さんにもヒミツにしていた練習を始めることにする。
周防桃子
今度は、基礎ではなくて、新しい技術を覚えるための、レベルアップを目的とした練習だった。
周防桃子
もちろん、地力はつける。だけど、レベルアップもする。べつに、変じゃないでしょ?
周防桃子
…さすがの貴音さんも、桃子に対しては、ひとつだけ計算ミスをしていたみたい。
周防桃子
それは、桃子の闘争心も強気も、完全にへし折ることはできなかったってこと。
周防桃子
と言うより、きれいにへし折っても、そこからさっそく芽が生えてきたみたいなかんじかな?
周防桃子
自分でも笑っちゃうけど、桃子は根っこまで、そんなものでできてるらしい。
周防桃子
待ってもらうなんて、性に合わない。貴音さんが前にいるなら、桃子が追いついてみせる。
周防桃子
まずは、自分のことを片付けよう。そこから、貴音さんまでは一直線。
周防桃子
まだ先は遠いけど、これだけは言える。貴音さんが思うより、桃子のスピードはずっと速いって。
周防桃子
貴音さんは、おどろいてくれるかな?もしかしたら、予想してたって、笑うかもしれない。
周防桃子
そんな、わくわくする未来に、歩いたり走ったり、つまづいたりしながら、桃子は進んでいく。
周防桃子
…いつだって、周防桃子のままで。
周防桃子
『女子、二人並び立てば』…完。
(台詞数: 50)