四条貴音
「最後に、あなたを抱きしめることができて、良かった…。」
周防桃子
貴音さんの声は、まるで泣いているかのようにふるえていた。
周防桃子
「何を言ってるの?こんなの、これからだって、いつでも…。」
周防桃子
そう言いながらも、桃子には、貴音さんが何を言いたいか、わかっていた。
四条貴音
「いいえ、終わりにするべきなのです。」
四条貴音
「桃子…。わたくしたちは、ここに立つという誓いの為に、多くの無理を重ねてきました。
四条貴音
「その障害の大きさを、まるで絆の強さと思うかのように、さらなる無理を重ねて…。」
周防桃子
貴音さんは言っている。桃子たちは、元の関係に、ただの劇場の仲間に、もどるべきだって。
四条貴音
「わたくしは、怖いのです。わたくしたちには、自分自身より大切な使命があるというのに…。」
四条貴音
「それを天秤にかけたとき、迷うことなく、使命よりも、あなたを選んでしまいそうな自分が。」
周防桃子
ドキっとした。桃子は、そうじゃないって…言いきれない自分に気づいて。
四条貴音
「…やはり、桃子もそうなのですね?」
周防桃子
桃子の表情を見逃さなかったのか、貴音さん悲しそうに、さびしそうに。
四条貴音
「使命を捨てることは、わたくしたちにとって自分を捨てるも同然です。」
四条貴音
「自分はともかく、相手にそれをさせることには、とても耐えられないでしょう?」
周防桃子
貴音さんの言うことは、本当に、いやになるくらいに、正しくて。
周防桃子
「じゃあ、桃子たちは、これで終わりなの…?」
周防桃子
引き止めようとしながらも、きびしい貴音さんは、そうだとうなずくんだって思っていた。
周防桃子
だけど、返ってきたのは、意外なくらいに、やわらかい声で。
四条貴音
「いいえ。終わるものですか。わたくしたちの絆が、この程度のことで。」
周防桃子
そして、貴音さんが桃子の前からいなくなったときとちがって、強くたしかな声だった。
四条貴音
「約束を果たした今、これまでの、己を捨ててまで互いを求めるような関係は、終わりにして…」
四条貴音
「…新しい、思いやりと希望に満ちた関係に、踏み出すのです。」
周防桃子
最後に桃子を強く、ぎゅっと抱きしめると、貴音さんの体は、はなれていく。
四条貴音
「これから、わたくしがあなたに与えるのは、敗北という名の決着…。」
四条貴音
「その強気も、闘争心もへし折り、ただ認めることしかできない、完全な敗北です。」
周防桃子
…おかしいよ、貴音さん。口で言ってることは、とんでもなくひどいことなのに。
四条貴音
「そして、その心に刻みこみます。畏れと憧れを。感嘆と尊敬、羨みと嫉妬を。誰よりも強く。」
四条貴音
「この時が、確かにここに有ったと、いつまでも忘れさせないために…!」
周防桃子
どうしてそんなに、やさしい顔で、桃子に笑いかけるの?
四条貴音
「いつか、あなたが自分の目的を果たして、自由を手にしたその時。」
四条貴音
「それでもなお、わたくしと再び並び立ちたいと思うのであれば、遠慮なく挑んできなさい。」
周防桃子
…貴音さん。桃子のために、そこまでしてくれるんだね…。
四条貴音
「それまで、わたくしは待っています。」
四条貴音
「あなたの尊敬と憧れを受けるに相応しい高みに、四条貴音として、立ち続けます。」
周防桃子
それは、やさしさも、きびしさも、何だってかなわない、貴音さんのおくり物だった。
周防桃子
貴音さんは、桃子に、未来をくれた…!
四条貴音
「それでは、しばしの別れです…。」
周防桃子
自分のステージにもどっていく貴音さんの後ろ姿に、桃子は…。
周防桃子
「…うん。必ず行くから、待っていてね。」
周防桃子
こちらを見ていないのに、貴音さんが満足そうに笑ったような、そんな気がしていた。
四条貴音
「…皆様方、お待たせいたしました。」
周防桃子
ステージに立った貴音さんは、非のうちどころがないくらいに美しい、四条貴音という格好で。
周防桃子
その姿を見ていると、なぜか、透明な涙が、次から次へとあふれてくる。
周防桃子
泣いちゃダメなのに。笑って、貴音さんを見送りたいのに。
四条貴音
「これは、本来ならば、わたくしが頂点を掴む為の、運命の歌であったかもしれません。」
四条貴音
「しかし、わたくしはこれを愛する友に、捧げましょう。」
周防桃子
ぽろぽろと、いつまでも止まらない涙に負けないように、必死で目を見開きながら、桃子は誓った。
四条貴音
「…参ります。『ふたつの月』。」
周防桃子
…桃子は今日のことを、貴音さんの姿を、何があったって、一生忘れない。
(台詞数: 50)