北沢志保
「……何をやっているの?」
周防桃子
「留守番です。その……みんな外に出ちゃって」
北沢志保
「そう。でも、留守番をするだけなのにそんなにたくさんのカップは必要かしら」
北沢志保
志保ちゃんが目を向けた先の長机には、お菓子の箱と空のカップが並べられている。
北沢志保
「……気付いたんでしょ?別に怒ったりしないから正直に答えて」
周防桃子
桃子ちゃんは志保ちゃんの厳しい視線を涼しい顔で受け止め、ふっと笑みをこぼした。
周防桃子
「ええ、分かりましたよ。プリンが無くなった原因、それは持ってきた北沢さん自身ですよね」
周防桃子
桃子ちゃんは両手にプリンの空きカップを持って首を傾けた。
馬場このみ
目の前で行われているのは、舞台の主役を勝ち取るための事務所内オーディションだ。
馬場このみ
課題となった、アルバイトの主人公が先輩社員にトリックを突きつけるシーンが演じられている。
馬場このみ
今、演じているのは先攻の桃子ちゃん。後攻の育ちゃんは私の隣で食い入るように演技を見ている。
周防桃子
「お昼に持ってきたプリン、確かこう並んでいましたよね」
周防桃子
2個の次に1個、その次に2個と並べられたカップが箱に収められているのが分かる。
北沢志保
「そうね、12個買ってきたんだからそう並んでいたんじゃないかしら」
周防桃子
「……本当ですか?」
周防桃子
桃子ちゃんが最後に置いた12個目のカップを取り上げる。
周防桃子
「本当は、最後の1個がない状態、つまり11個のプリンしかなかったんじゃないですか」
北沢志保
志保ちゃんは組んでいた腕を解いて下手へと歩き、右手を顎に沿えて桃子ちゃんに向き直る。
北沢志保
「でも、空のカップは12個あった。まさかわざわざ私が空のカップを持ってきたとでも?」
周防桃子
「いえ、カップは12個あったんです」
北沢志保
志保ちゃんの目が怒りに歪む。両手を前に勢いよく開く。
北沢志保
「周防さんは私をおちょくっているの?プリンが11個しかないと言ったのはあなたでしょ」
周防桃子
「ええ、だから、箱の中には11個のプリンと1個の空のカップが入っていたって言いたいんです」
北沢志保
淡々と、そして口端に笑みをたたえて答える桃子ちゃんを志保ちゃんが声を上げて笑う。
北沢志保
「箱の中身はあなたも見ていたでしょ。すべてのカップにプリンが入っていた。そうでしょ?」
周防桃子
「でも、少ししか見せてくれなかったから個数までは分かりません。……こうやったんですよね?」
周防桃子
そう言って箱の中に並べられた11個のカップのうち一つにカップを重ねた。
周防桃子
「あとはみんなに配るときにこっそりカップをゴミ箱に入れて、誰かが食べたと騒げばいいだけ」
周防桃子
桃子ちゃんは手のひらでカップを転がしながら、志保ちゃんの顔を覗う。
北沢志保
「……ちょっと周防さんのことをあなどってたみたいね」
北沢志保
端に立つ志保ちゃんが空を仰いで息を吐くと、くるりと桃子ちゃんに向き直る。
北沢志保
「そう、12個目のプリンは誰も食べていないし、なくなってもいない。全部私の自作自演よ」
周防桃子
桃子ちゃんは志保ちゃんの言葉を聞き、そっとカップを机に置いた。
馬場このみ
「そこまで!」
馬場このみ
私は大きく手を叩き、オーディションの終了を知らせる。
馬場このみ
「2人ともお疲れ様。申し訳ないけど、志保ちゃんは育ちゃんと隣の部屋で打ち合わせに入って」
馬場このみ
2人が部屋を出たところで、私は小道具の再セッティングに取り掛かる。
周防桃子
「面白いシーンを選んだね、プロデューサー」
馬場このみ
「ありがとう。そう言ってもらえると悩んだ甲斐があったわ」
周防桃子
「まっ、私にかかればどんなシーンでも問題ないけどね」
周防桃子
ドリンクに口を付けながら桃子ちゃんは隣の部屋に目をやる。
馬場このみ
「……不安?」
周防桃子
「そんなことないよ。私が負けるわけないでしょ」
馬場このみ
「そうじゃなくて。……まぁ、いいわ」
周防桃子
桃子ちゃんがドリンクのふたを閉めると同時に、入り口のドアが開いた。
馬場このみ
涼しい顔をした志保ちゃんに続いて、緊張した面持ちの育ちゃんが入ってくる。
周防桃子
桃子ちゃんは育ちゃんをちらりと見ると自分の席へと戻っていった。
馬場このみ
「2人とも準備はいいかしら?」
北沢志保
私の問いかけに、育ちゃんと志保ちゃんが軽くうなずく。
馬場このみ
「それじゃあ……2人とも始めて」
(台詞数: 50)