望月杏奈
「お待たせしましたー!ブレンドコーヒーになります!」
高山紗代子
そう言って元気にコーヒーを持ってきてくれたのは、このカフェのマスコット的存在の杏奈ちゃん。
高山紗代子
ハイテンションでホールを盛り上げる女の子だけど、侮るなかれ!なんとお菓子作りのプロ!
高山紗代子
彼女の笑顔とお菓子を目当てに足を運ぶお客さんも後を絶たないぐらいの人気者です。
望月杏奈
「今日もお勉強なの、紗代子さん?高校生って大変だね」
高山紗代子
「ううん、今日は部活の資料作り。すっごく強い子が入ってきてね。次の夏が楽しみなんだ」
望月杏奈
「あ、だから、はりきってたんだ!」
高山紗代子
「あ、バレちゃった?でも、杏奈ちゃんもなんだかウキウキしてない?ヘアゴムも新品だよね?」
望月杏奈
「えっ!……え~っと……」
望月杏奈
私の言葉を聞くや否や、ピンと張っていた杏奈ちゃんの髪の毛がしおしおとへたってしまいました。
高山紗代子
杏奈ちゃん自身もお盆で顔を隠してもじもじしています。……これって、もしかして。
木下ひなた
「こんにちは。今日もしばれるね~」
高山紗代子
店内に優しく鳴り響くベルの音とともに耳へ入ってきた特徴的な声。
高山紗代子
聞きなれない訛り声に振り返った私は、その瞬間に訛りのことを忘れて息を飲んでしまいました。
木下ひなた
膝まであるモスグリーンのコート。白い耳当てに挟まれた茶色の髪はまるで林檎のよう。
木下ひなた
そして、真っ赤にした頬も鼻も気にならない、いや、むしろアクセントになるほどの端正な顔立ち。
高山紗代子
新しく入ってきた昴ちゃんもカッコいいと思ったけど、この子も負けず劣らず……
木下ひなた
「あ、杏奈ちゃん。いつものホットミルク、お願いできるかい?」
望月杏奈
「あ、は、はいっ!静香お姉ちゃん……ホットミルクひとつ、です」
高山紗代子
カウンターに座ったその子の注文にどぎまぎし、杏奈ちゃんは厨房へ逃げるように戻っていきます。
高山紗代子
なるほど、あの子が杏奈ちゃんの……。でも、あんな杏奈ちゃん初めて見ました。
望月杏奈
「お待たせ、です。ホットミルクに、なります。あと……」
望月杏奈
程なくして戻ってきた杏奈ちゃんはカップと一緒に小皿を差し出しました。
望月杏奈
「これ、新しく作ったクッキー……。その、ひなたさんにも、食べて欲しいなって」
木下ひなた
ひなたと呼ばれたその子は恐縮しつつもクッキーに手を伸ばします。
木下ひなた
「うわぁ、なまら美味しいべさ!杏奈ちゃん、すごいねぇ!」
望月杏奈
「ほ、ほんとぉ!よ、よかった。うれしいな、えへへ」
高山紗代子
顔を見合わせて笑いあう杏奈ちゃんとひなた君。2人を見ていると心がポカポカしちゃいます。
高山紗代子
カップも冷え切り、そろそろ出ようかと荷物をまとめていると、ひなた君が席を立ちました。
望月杏奈
目ざとく気づいた杏奈ちゃんがちょこちょこと歩いていって、レジでひなた君をお出迎えします。
望月杏奈
「ありがとう、ございます。明日も……来てくれますか?」
木下ひなた
「う~ん、どうだろうねぇ。でも、時間の都合が付いたら絶対にくるべさ」
木下ひなた
そう言って、ひなた君はにっこり笑い、
木下ひなた
「だって、杏奈ちゃんとお話したいからねぇ」
望月杏奈
と、無自覚に杏奈ちゃんの心を奪っていきました。
高山紗代子
杏奈ちゃんがひなた君のお見送りをしているので、お支払いは歌織さんが対応してくれました。
高山紗代子
杏奈ちゃん、楽しそうですね、というと、なんだか先を越されちゃったみたい、と歌織さん。
高山紗代子
でも、その言葉とは裏腹に歌織さんの顔は微笑ましいものを見る暖かさに満ち溢れていました。
望月杏奈
「あっ、紗代子さん、ありがとうざいました!また来てね!」
望月杏奈
店を出たところで見送りを終えて、いつもの調子に戻った杏奈ちゃんが私の手をギュッと握手。
高山紗代子
「さっきの子、ひなた君だっけ?カッコいい子だね。応援するよ!」
望月杏奈
「お、応援だなんて……あ、あう……。えへへ」
望月杏奈
杏奈ちゃんの頬がオレンジ色に染まったけど、きっと夕日のせいじゃないんだろうな。
高山紗代子
じゃあね、と杏奈ちゃんに手をふって私はカフェを後にします。
高山紗代子
明日の練習メニューを頭の中で組み立てていると、私の足が何かを蹴りました。
高山紗代子
拾い上げたのは生徒手帳。うちの学校の中等部の校章が入っています。
木下ひなた
知っている子かなと中を開くと、そこにはさっき見た端正な顔と木下ひなたの文字。
高山紗代子
明日も来ると言っていたので、杏奈ちゃんに渡そうと振り向いたときに気付いてしまいました。
高山紗代子
「……うちの中等部って、女子しかいないよね?」
望月杏奈
どうやら、杏奈ちゃんの恋路は一筋縄ではいかないようです。
(台詞数: 50)