馬場このみ
「あら、お茶碗も箸も並べてくれているのね」
高山紗代子
突然のこのみさんの声に、本棚へ伸ばしかけた手をあわてて引っ込める。
高山紗代子
「もちろんです。泊めてもらう上に晩御飯まで御馳走になるんですから。これぐらいしないと」
馬場このみ
「そんな気にしなくてもいいのに。あっ、それじゃあ、お酌してもらえるかしら?」
高山紗代子
このみさんが真っ白な瓶を掲げる。私はもちろんですと言ってそれを受け取った。
馬場このみ
「それじゃ、いただきましょ♪」
高山紗代子
鍋のふたを開ける。ふわりとした優しい香りがしたかと思えば、すぐに視界がもわりと白くなった。
馬場このみ
「ふふ、それじゃ、お鍋はとれないわね」
高山紗代子
あわてて眼鏡の曇りをとる間に、このみさんは鍋をよそってくれた。
高山紗代子
申し訳ないなと思いながら、透明な出汁に浸っていた鶏肉を口の中へもっていく。
馬場このみ
「……どう?初めての水炊きのお味は」
高山紗代子
「……こんなにあっさりしているんですね。でも、しっかりと味がついていて、美味しいです!」
馬場このみ
「お口にあったようで良かったわ。雪に感謝しないとね」
馬場このみ
このみさんが水色のカーテンで遮られた窓を見た。
高山紗代子
窓の外は一面の雪。黒いアスファルトがあったことなど微塵にも感じさせない。
馬場このみ
「そういえば、さっきは何を見ようとしていたの。気になる本でもあった?」
高山紗代子
このみさんが本棚を見る。さっきというと……見られてたんだ。
高山紗代子
「その……奥に資格の本があったので」
馬場このみ
「紗代子ちゃんって、資格マニアだったかしら?律子ちゃんみたいに」
高山紗代子
「そうじゃなくて……。アイドルやりながら資格の勉強されているんだなって」
馬場このみ
ああ、と言ってこのみさんはコップの中の白いお酒を口に含む。
馬場このみ
「……昔に買ったものを読み直しているだけ。離れてから読むと違った見方ができて面白いのよね」
高山紗代子
私は本の背表紙を見ながらこのみさんの言葉を聞いた。
馬場このみ
「ちょっと読んでみる?」
高山紗代子
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
高山紗代子
箸をおいて本棚に手を伸ばす。私はパラパラと何ページかめくって、ぱたりと閉じた。
馬場このみ
「ふふっ、さすがの紗代子ちゃんにも、難しい内容だったかしら」
高山紗代子
そうですね、と言って箸をとり、またお椀に口を付けた。
高山紗代子
鼻にポン酢の酸味がツンとくる。
高山紗代子
……さっきの本、発行日が今年だった。昔に買ったと言っていたのに。
高山紗代子
もしかして、このみさん……。このまま頑張ればトップになれるというのに、どうして?
馬場このみ
「……甘いわね」
高山紗代子
このみさんの言葉に顔を上げる。
馬場このみ
「あ、このお酒の話。ヨーグルトの日本酒だっていうから買ったんだけど」
高山紗代子
このみさんがグラスを光にかざす。鍋の上に薄暗い影ができた。
馬場このみ
「飲んでみる?」
高山紗代子
「私、未成年ですよ?」
馬場このみ
「冗談。別のが飲みたいわ。もっと辛めのやつ」
馬場このみ
ほんのり赤い顔をしたこのみさんがキッチンへと向かい、冷蔵庫を開ける。
高山紗代子
白いグラスが机の上に置き去りにされている。
高山紗代子
私はそっと手に取り、中をのぞきこんだ。
高山紗代子
Snowdrop。名前のとおり淡い雪を掬ったような濁りのない白色。
馬場このみ
「試してみたら?別に誰にも言わないわよ」
高山紗代子
このみさんは壁に寄りかかったまま、ぐいとグラスの中身を飲み干す。
高山紗代子
私は手の中の雪のような白い液体をじっと見て、口へと運んだ。
馬場このみ
「……どう?」
高山紗代子
「……甘いです。でも、それ以上に苦いです」
馬場このみ
「そういうものよ」
高山紗代子
そう言って、このみさんはグラスに日本酒を注ぎ直した。
高山紗代子
私は白いお酒のグラスを置いて、水炊きのつゆで口をゆすいだ。
(台詞数: 50)