馬場このみ 29歳 プロデューサー40話
BGM
たしかな足跡
脚本家
nmcA
投稿日時
2018-02-10 14:44:46

脚本家コメント
第3章「ろーりんぐ〇えっぐ」第11話
【ここまでのお話】
 武道館ライブ後、仮眠をとっていたこのみは5年後の765プロに心だけタイムスリップしていた。自らの身体の変化に戸惑うものの、プロデューサーとして活動することを決意する。
 桃子の「育はプロに向いていない」発言を発端として始まった、桃子と育のオーディションバトル。先攻の桃子、後攻の育の演技が終わり審査員が下した結果は桃子の勝利だった。

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馬場このみ
審査員席に上がっていた赤い旗がひとつ、またひとつと降ろされた。
中谷育
育ちゃんはぎゅっと膝を掴んだ手を見つめたまま動かない。
馬場このみ
「講評を……琴葉ちゃん、お願いできる?」
馬場このみ
困った顔をした琴葉ちゃんが小さく頷き、腰を上げようとした時だった。
周防桃子
「私がやる」
周防桃子
桃子ちゃんがスッと席を立つ。
馬場このみ
琴葉ちゃんがこちらをちらりと見る。私は桃子ちゃんの表情を見てから首を縦に振った。
馬場このみ
桃子ちゃんはありがとうと小さく言って、育ちゃんの隣に立ったままで話を始めた。
周防桃子
「まず、今回のシーンの特徴は育も分かってるよね。犯人役のほうが目立つ場面ってこと」
中谷育
育ちゃんは顔を上げないまま頷く。
周防桃子
「そして私たちが演じなければいけなかったのは主役側。つまり目立たない方」
馬場このみ
桃子ちゃんが審査員席をちらりと見ると、3人はつられるように頷いた。
周防桃子
「育は犯人に対して敵意をむき出しにしたよね。たぶん対決感を出したかったんでしょ?」
周防桃子
「でも、アレはやりすぎ。主役にも目が行っちゃって犯人を目立たせることができない」
周防桃子
「動き、言葉の強さ、表情、それぞれを抑えつつ存在感を消さないことが必要だったの」
中谷育
「……私に演技は向いてないんだね」
周防桃子
「そんなこと言ってない。育の演技はすごかった。相手が私じゃなきゃこうなってないよ」
中谷育
「……そうだよね。桃子ちゃんはプロ、だもんね」
周防桃子
俯いたまま自嘲気味に笑う育ちゃんに対し、桃子ちゃんは腕を組んだまま言葉を放った。
周防桃子
「そうだよ。私はプロだし、育はプロじゃない」
中谷育
育ちゃんが肩をブルリと震わす。
中谷育
「分かってるよ……。だから、もう」
周防桃子
「分かってない!」
周防桃子
育ちゃんの肩を桃子ちゃんが両手でつかむ。
周防桃子
「……分かってないよ。だって、育ほどアイドルに向いている子はいないんだよ」
周防桃子
潤んだ目に疑問符を浮かべた育ちゃんに視線を合わせるように桃子ちゃんはしゃがんだ。
周防桃子
「育はプロフェッショナルじゃない、オールラウンダーなの」
中谷育
「オール……ラウンダー?」
周防桃子
育ちゃんが呟いたその言葉に、桃子ちゃんはわざとらしく大きなため息をついた。
周防桃子
「そう。そもそもプロデューサーも、育もそこを勘違いしているんだもん」
中谷育
腰に手を当て息を荒くする桃子ちゃんを、育ちゃんはきょとんとした顔で見つめた。
中谷育
「でも、それじゃあ、中途半端なアイドルになるんじゃ」
周防桃子
「普通の人ならね」
中谷育
育ちゃんは理解の追い付かない表情をしている。
周防桃子
「このみさん、これまでの育の仕事リストを見て。単発で終わった仕事が少ないでしょ」
馬場このみ
データを開き確認する。確かに、レギュラーとは言わないまでも同じ番組に複数回出ている。
周防桃子
「中途半端なら何回も同じ現場に呼ばれない。その場限りで終わって、業界から消えるだけ」
周防桃子
「でも育は違う。ただのオールラウンダーじゃない。プロのオールラウンダーなんだから!」
周防桃子
桃子ちゃんは改めて育ちゃんに向き直った。
周防桃子
「私や昴さんみたいに得意分野があるとどうしても仕事が偏っちゃう」
周防桃子
「でも育はどんな番組にだって出れる。どんなドラマにだって出れる」
周防桃子
「いつだってファンの前にその姿を見せることができるんだよ」
周防桃子
「そんな能力は誰でも持っているものじゃない。育にしか持てなかったものなの」
中谷育
桃子ちゃんの言葉に育ちゃんは顔を上げ、じっと目を合わせた。
周防桃子
「どんなお仕事も一生懸命頑張ってきたプロ根性が作り出した、育だけのものなんだよ」
中谷育
「私……だけの」
中谷育
育ちゃんは桃子ちゃんの顔から視線を外し自分の両手を見た。
中谷育
「そっか……あったんだ。私だけの……!」
中谷育
育ちゃんはそう呟いて、膝の上で自分の両手を握った。
中谷育
大事なものを決して手放さないように、ギュッと、ギュッと……。

(台詞数: 50)