ジュリア
…へえ。夕焼けで空が赤くなるのは知ってるけど、紫の空ってのは意識しないと気づかないな。
エミリー
…ええ。曙の空、山ぎわに紫だちたる雲とは聞いたことがありますが。夕暮れもそうなるのですね。
ジュリア
清少納言、だっけか。学校の古典で読んだけど、聞くと見るでは感動が違うな。
ジュリア
一曲書けるかもな。今日はギターだけの仕事で気乗りしなかったけど、思わぬ収穫だぜ。
エミリー
ふふっ。ジュリアさんはいつも、お歌のことを考えているのですね。
ジュリア
まあな。他人の心を動かす歌のために、いつ来るか分からない自分の感動を大事に収集してるのさ。
ジュリア
…じゃあ、そろそろ聞かせてもらおうかな、エミリー。
ジュリア
今日のライブ、大事なソロを任せられてるお前が、衣装のまま抜け出して黄昏てる理由。
ジュリア
ただなんとなくとか、空が綺麗だったからとか、レイやミャオみたいな衝動じゃないんだろ?
エミリー
…悩みなんて無いですよ。緊張詰めなのもいかがかと思って、息抜きをしたいと愚考しまして…
ジュリア
ハーッ。『悩み』って自白してるじゃないか。世話無いぜ。
ジュリア
不満が有るなら、吐き出しておけよ。抱えたままステージに立つのは、客にも歌にも失礼だぜ。
エミリー
ですから、私には悩みなど…
エミリー
…ごめんなさい、少し嘘をついてしまいました。たしかに今、胸につかえていることが有ります。
エミリー
今日の催し、空港での大規模公演。きっと多くのごヒイキさまが足を運んでくれています。
ジュリア
入場待ちで大行列だったぜ。それで、緊張してるのか?
エミリー
いえ、いかなる時も自分の務めは果たします。そのために仕掛け人さまのお稽古があるのですから。
エミリー
ごヒイキさまの前で歌えるのは、大和撫子として至福のこと。それは、そうなのですが…
ジュリア
…
エミリー
私が今日歌わせていただいても、それは私の故郷には届かないかも、と思ってしまうんです。
エミリー
私の故郷は、今は朝のひととき。私の友人達は、微睡みの中か、慌ただしいひとときの筈。
エミリー
遠く離れ、朝か夕かすら異なる故郷。私が舞台に立たせていただいても、気づいていただけない。
エミリー
そんな想いが湧き立つと、何と言いますか…少しだけ、空しさと悲しさを覚えてしまうんです。
ジュリア
まだまだ甘ちゃんなんだな、エミリーは。
エミリー
…ジュリアさん!?
ジュリア
優しい言葉や慰めが欲しかったのか?それはフーカか、バカプロデューサーにでも頼みな。
エミリー
仕掛け人さまのことを、馬鹿などと言わないでください!
ジュリア
バカだよ、アイツは。…自分の担当アイドルが膨らませてる悩みを、感づいてやれないならな。
ジュリア
もっとも、どうせエミリーはその思いをぶつけてないんだろ?アイツに迷惑かけたくないから。
エミリー
…はい、その通りです。
ジュリア
従順であることだけが「大和撫子」じゃないぜ。想いは現さなきゃ、高みには行けない。
ジュリア
それに、歌がイギリスまで届かないなんて誰が決めたんだ?エミリーの思い込みだろ?
ジュリア
沢山のロックやパンクが、イギリスから来たんだぜ。こっちから向こうへ届けることもできる筈さ。
エミリー
そんな簡単な考え方…なんですか?
ジュリア
そりゃ、ハンデはあると思うぜ。日本語で歌うってだけでも、十分にさ。
ジュリア
だけど、歌を…自分の歌を信じなきゃ、ステージ下にも届かない。信じれば、何処までも届く。
ジュリア
エミリーの頑張りは、誰だって知ってるさ。あたしと違って、異国の地で勝負してるくらいなんだ。
ジュリア
だからエミリー。お前はもう少し、自分を信じなよ。それと、自分を信じてる友人を、信じな。
エミリー
…空しさを追い出すのは、難しいです。まだまだ未熟な自分を信じることでしか、できないなんて。
ジュリア
とりあえず今は、今日のために練習した日々を自信にしな。あたしはバックに居て、見守ってるぜ。
エミリー
あの、ありがとうございますジュリアさん。ジュリアさんも出演前なのに。なんとお礼をしたら…
ジュリア
いいさ。今日の公演を最高のものにする。それが最高のお礼さ。
ジュリア
それに、ハハッ。このひとときが有ったからこの空を眺められたんだ。報酬なんて、それで十分さ。
(台詞数: 43)