最上静香
目が覚めた私の瞳が真っ先に捉えたのは、姿見に映った、一糸纏わぬ自分の姿だった。
最上静香
ぼんやりと靄のかかった意識の中で、昨日寝る前に何をしたのかを思い出す。確か昨日は……。
最上静香
環と事務所で『アマゾンに生息する様々な生き物たち!』というTV番組を見ていた……はず。
最上静香
はず、というのは。今いるのが自宅の自室ではなく劇場の一室だから。
最上静香
昨日はちゃんと家に帰ったのだから、劇場で目が覚めること自体おかしいわよね。
最上静香
意識を覚醒させるために強く瞬きをしようとして……瞼が全く動かないことに違和を感じた。
最上静香
「……あれ?」
最上静香
目を擦ろうとして、今度は腕が動かない。あまりの訳のわからなさに、再び姿見に目を移す。
最上静香
なるほど、そこに映っていた姿を見て納得した。
最上静香
瞼や腕はおろか、足もない。ついでに首はどこにあるのか分からない。
最上静香
志保や翼たちに劣るけどそれなりにイノセントに女性的な体つきも見る影もない。
最上静香
その代わりに、饂飩のように細長い体を目の覚めるような黄色い鱗が覆っていた。
最上静香
半月型の黒目を持つ瞳の上に瞼のような突起がぱっちりとした印象を――。
最上静香
「蛇じゃん!今の私どう見ても蛇じゃん!!そりゃ夢に決まってるわよね!!」
最上静香
頬を抓ろうにも腕が無いから指もない。こんなヘビ、そもそも日本にいるのかしら?
最上静香
「この蛇、確か昨日環と一緒に見たテレビにいたわよね。えーっと……」
最上静香
確か、マツゲハブだったはず。アマゾンとかに生息してる、ものすごい毒を持つ蛇だとか。
最上静香
「日本にいない蛇の名前なんて、パンの袋を止めるアレの名前くらい興味ないんだけど」
最上静香
もしくは視力検査のアレ。
最上静香
「それにしても何をどうすればいいのよ。夢とはいえこんな姿は嫌なんだけど」
最上静香
現実だったらもっと嫌。現実なわけないけど……。
最上静香
「……と思ったけどこの事務所ならわりと起こりかねないって話を先輩方から聞いてるのよね」
最上静香
こういった突拍子もない事は誰に相談すればいいのかしら。貴音さんか、まつりさんか……。
最上静香
「……ダメね。貴音さんは蛇は苦手だって言ってたし、まつりさんは……」
最上静香
蛇使いみたいに操られそう。となると、動物と意志疎通ができる響さんが一番かしら。
最上静香
にょろにょろと体を動かしながら考える。思った以上に器用に動かせるわね、この体。
最上静香
ぐるぐるととぐろを巻いてみる。
最上静香
ちろちろと舌を出してみる。
最上静香
何となく睨んでみる。
最上静香
…………。
最上静香
「なんで蛇の身体を楽しんでるのよ私!!」
最上静香
頭を思い切り振って、シャーっと吠えた。声は出ないけど。
最上静香
「よく考えなくても、響さん以外の誰かが来たらその時点で大変なことになるのよね」
最上静香
蛇が得意な子以外は大ごとになってしまうし、逆に蛇が得意な子はどうなるかと考えると。
最上静香
珍しい蛇だと捕まえられてどこかに連れていかれる予感しかしない。机の引き出しの中とか。
最上静香
そんなことをされてうっかり噛んじゃったら、それこそ大事になっちゃう。
最上静香
他の人に見られないように部屋の隅っこか物陰に潜んでいようかしら……。
最上静香
『静香ちゃん、いる?』
最上静香
そんなことを思案していると、突然声が聞こえた。未来の声だ。
最上静香
「……未来かぁ。未来かぁ……!!」
最上静香
正直、不安しかない。というかこの姿を見て私が最上静香だってわかる人はいるのかしら。
最上静香
それこそ、さっき名前をあげた響さんくらいしかダメじゃないかしら。
最上静香
それでも一縷の望みをかけて、未来の声がした方を向く。
最上静香
それでも一縷の望みをかけて、未来の声がした方を向く。私が見やった方向――窓の外には。
最上静香
巨大で色鮮やかなくちばしを持つ鳥が一羽。オニオオハシの姿がそこにあった。
最上静香
『見てみて、静香ちゃーん!私、空を飛べるようになったんだよ!!』
最上静香
「……詰んだあああああああああ!!!」
(台詞数: 47)