馬場このみ
ある日突然、プロデューサーくんがみんなの前で、自分は結婚するんだと話し出した。
馬場このみ
しかもお相手は、5年間も付き合っていた一般の女性だと言ったのだ。
馬場このみ
プロデューサーくんに彼女がいた事すら知らなかった私達は驚き…事務所は大変な事になった。
馬場このみ
その場で泣き出す子、怒る子、ショックのあまり事務所を出て行ってしまう子…
馬場このみ
アイドルの大半が思春期の女の子だ。憧れていた大人の異性が、自分の知らない所で交際をしていて
馬場このみ
しかも結婚するんだと、嬉しそうに報告される事が、どれだけショックかは想像がつく。
馬場このみ
肝心のプロデューサーくんも、すぐに祝福されると思ったのか…この状況にオロオロするばかり。
馬場このみ
だから私はその時こう言った。みんなは私がなんとかするから、プロデューサーくんは自分の事を
馬場このみ
キッチリこなしなさい、って…これは、最年長である私の役目だと思ったからだ。
馬場このみ
「…あれから1週間経ったけど、みんな自分の中で気持ちの整理はついたのかしら」
馬場このみ
と、私は自分の部屋でスマホを見ながら呟いた。着信履歴はついさっきまでびっしり埋まっている。
馬場このみ
私は、美咲ちゃんとも協力してみんなと話をした。不満を、悲しみを聞いて出来る限り諭した。
馬場このみ
お仕事の間は正直大変だったけど、何度か話すにつれて落ち着いてくる子がほとんどだった。
馬場このみ
「みんな良い子だからきっとわかってくれたはず。私も出来る限りの事はしたし…よし!」
馬場このみ
そう呟いた私は立ち上がり、冷蔵庫の前へと向かった。
馬場このみ
「明日は1週間ぶりのミーティング…みんなのケアをしつつ彼の味方もする。勝負の日ね!」
馬場このみ
「って事だから、景気付けにはお酒よね!飲んで気合い入れるわよーっ!」
馬場このみ
そう言って、冷蔵庫から買いだめしていた強炭酸系チューハイを取り出し飲むまで、約2秒。
馬場このみ
「っかぁーっ!染みるわぁ~っ!これぞ大人の味ってやつね!」
馬場このみ
それから私は、あれよあれよという間に缶の山をテーブルに築いていった。
馬場このみ
「あー、これは年末ライブの時の写真ねー。プロデューサーくんも写ってる!ふふっ!」
馬場このみ
「あっ、これはバラエティ番組に出た時の衣装ね!ランドセルで彼をひっぱたいた瞬間だわ…!」
馬場このみ
「これは二人だけで写ってるわね。ロケ先かな?どこだっけ…まーいっか楽しそうだし!」
馬場このみ
と、良い感じに酔いが回った私は、いつの間にかスマホのアルバムを漁り出していた。
馬場このみ
「これも、これもプロデューサーくんと写ってるわね。私彼とこんなに撮ったかしら」
馬場このみ
「あらー?こうして見ると私達お似合いだったんじゃない?アダルティな私と誠実な彼…ふふっ」
馬場このみ
「それだけ一緒にいたって事かしら。アイドル馬場このみにとっても、かけがえの無い存在ね」
馬場このみ
「でもそんなプロデューサーくんも結婚か。彼が選んだ女性なんだから、良い人よねきっと」
馬場このみ
「ちゃんと幸せになって欲しいわ~ってこれじゃお母さんじゃない……」
馬場このみ
「ちゃんと幸せになって欲しいわ~ってこれじゃお母さんじゃない……あ、あれ?」
馬場このみ
突然、視界が滲んだ。驚いて目を拭った手は、びっしょりと濡れていた。
馬場このみ
「や、やだ私ったら感動して泣いてる…?本当にお母さんじゃないんだから…」
馬場このみ
でも、拭っても拭っても涙が止まらない。こぼれた涙が、スマホに写る彼の顔に落ちる。
馬場このみ
「……」
馬場このみ
飲んだら泣き上戸になった事も無い。私はごまかすように、缶に残ったチューハイを一気に飲んだ。
馬場このみ
でも、さっきまであんなに美味しかったチューハイが、不味い。何口飲んでも変わらない。
馬場このみ
缶を置いても、涙が止まらない。心地良かったアルコールも、今は石のように重くのしかかる。
馬場このみ
心に、のしかかる。
馬場このみ
「うっ…ひぐっ…ううっ…!」
馬場このみ
その重みに耐えきれず、私はテーブルに突っ伏した。嗚咽混じりの涙も隠さずに。
馬場このみ
「私だって…私だって泣きたかったわよ…うぅっ、叫びたかったわよ…!」
馬場このみ
「ひぐっ…だ、だってプロデューサーくんが結婚しちゃうなんて…そんなの、嫌よ…」
馬場このみ
私と彼は仕事仲間。何度も差し伸べてくれた手は、私が特別だからではない事もわかっている。
馬場このみ
だからこそ、私は彼の味方でいなければならない…それなのに、涙が止まらない。
馬場このみ
「こ、こんなにも…大きな存在になってた…ううっ、みんなの話を聞いてたら、より一層にっ…!」
馬場このみ
「でも…出来るわけないじゃない!最年長の私が…思春期の子達みたいに、泣くなんて…!」
馬場このみ
「こういう役回りを、するしか…無いじゃない…ううっ、ううぅぅぅ…!」
馬場このみ
溢れ出した感情は、止まる事無く流れていく。当然、誰もそれを掬い上げてはくれない。
馬場このみ
突っ伏したテーブルからずり落ちるように、床に倒れ込む。自分の部屋で一人、泣き続ける私。
馬場このみ
もう酔いもお酒の味も何も感じない。微かに口の中に残るのは、辛酸と苦汁だけだった。
(台詞数: 50)