秋月律子
世間の女の子からすれば、私の思春期は死んでいたようなものなのかもしれない。
秋月律子
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秋月律子
休憩室にぽつんと、一冊のファッション誌が置かれている。
秋月律子
莉緒さんか恵美か……誰かが買って、誰かが忘れて行ったものだろう。
秋月律子
普段の私ならほぼ手に取らない類の本。
秋月律子
それを手に取ったのは、事務仕事の休憩中の事で、頭が少し疲れていたからかもしれない。
秋月律子
……まあ、理由なんてどうでもいいわね。重要なのは『それを見た』こと。
秋月律子
ページを雑にめくる。掲載されている写真に写っているのは、流行の服を纏うモデル達。
秋月律子
……あ、この写真恵美じゃないの。そういえばこの雑誌の撮影があったって喜んでたっけ。
秋月律子
あの人、いい仕事を取って来たわね。
秋月律子
私には似合わないな、なんて考えながらページをめくり進めると、読み物のページに入る。
秋月律子
……と、コラムの中にとある記事を見つけた。所謂、性経験がどうのこうのという記事。
秋月律子
……未成年が読むような雑誌にこんなあけすけなテーマってどうなのかしら。
秋月律子
気恥ずかしさを感じて読み飛ばすと、次は『高校卒業までにやりたい事』というアンケート。
秋月律子
上位の回答には『恋人を作る』。思春期真っ盛りが対象だもの、当然と言えば当然よね。
秋月律子
……。
秋月律子
……不意に。学生時代の私を思い返して、私は雑誌を閉じた。
秋月律子
正直に言って、私の学生時代に恋愛なんて縁遠いもので、皆無な存在だった。
秋月律子
ファッションや恋愛、容姿磨きの話に花を咲かせるクラスメイト。
秋月律子
対して、私は資格取得のための勉強の毎日。
秋月律子
まあ、それが趣味な訳だし四六時中してたわけじゃないけどね。
秋月律子
そんな生活を送っていた上に、人目を引くような華やかな容姿をしていたわけじゃない。
秋月律子
早い段階でぱったりと伸びなくなった身長と、色気もへったくれもない寸胴な体躯。
秋月律子
元々求めてたわけじゃないけど、そりゃ告白はおろか恋人なんてできるはずもなく。
秋月律子
私の高校生活は浮いた話もなく終わりを迎え、765プロの事務員兼アイドルとして今に至る。
秋月律子
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秋月律子
―――――『律子。』
秋月律子
自分を呼ぶ声がで我に返る。昔の事を思い出してぼーっとしてたなんて、私らしくない。
秋月律子
慌てて見上げた時計の長針は、雑誌を手に取ってから15分ぐらい経過していた。
秋月律子
閉じたままの雑誌をちらりと見やる。
秋月律子
確かに、私の青春は灰色も灰色、死んだと言っても差し支えなかったのかもしれない。
秋月律子
で、それがどうしたの?
秋月律子
私はやりたくて勉強をしていたわけだし、恋愛しないといけないなんて法律は存在しない。
秋月律子
恋愛を強制、強要、義務化される青春なんかこっちから願い下げ。
秋月律子
それに――。
秋月律子
あの人がいるであろう事務室の方へ戻る。
秋月律子
アイドルに関わることにだけ全力で、必要な事務処理や計算はほったらかし。
秋月律子
そのせいできっと涙目になっているであろう、彼の所へ。
秋月律子
最初はアイドルなんて私には無理だと思っていたけど、それでも。
秋月律子
んな私をステージのうへまで連れて行ってくれたプロデューサー殿の所へ。
秋月律子
それに――もし、恋をすることが青春にとって必須な事ならば。
秋月律子
今、この瞬間が私の青春だ。
(台詞数: 42)