ねえ…どこにいるの?
脚本家
遠江守(えんしゅう)P
投稿日時
2019-12-04 23:27:26

脚本家コメント
シリアス杯の準決勝Dブロックの作品です!
お題は「星井美希」「ワガママ」

ちょっと変わり種のお話かもしれません。
時間が無かったので、怪しい日本語は許してほしい…。

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星井美希
帰ってくる…わけがないよね。
星井美希
冷え切ったリビングを横切って、ソファーに身を投げ出した。
星井美希
数えるほどしか使ったことのない二人掛けのクッションが、拒絶するように身体を押し返す。
星井美希
テーブルに乱暴に投げ出された離婚届には、署名と捺印が揃っていた。
星井美希
あとは、向こうが空欄を埋めてくれたら、それで終わり。
星井美希
昔の離婚届のことを三行半と言ったらしいけど、そんなものよりも、ずっとシンプルで。
星井美希
あれほど燃え上がって、求め合って、結ばれたのに。結末は、呆気ないくらいに無機質だった。
星井美希
スマホは鳴らない。鳴るわけがない。
星井美希
時計を見れば、出立の時間が迫っている。
星井美希
何処かへ行きたかった。遠くても近くてもいい。ここではない、何処かへ。
星井美希
持ち出すのは、身の回りのものだけで十分。あとは思い出と一緒に置いていく。
星井美希
玄関を開ければ、凍みるような雨がしとしとと降り始めていた。
星井美希
荷物がひとつ増えたと、溜息を白くしながら、傘をさして、我が家と呼んだ場所を後にする。
星井美希
…どうして。どうして、こうなってしまったの?
星井美希
プロデューサーとアイドルという、道ならぬ道を貫いた我儘の代償は、決して小さくはなかった。
星井美希
ことが明らかになった後、あの人は数えきれないほど多くの人に、頭を下げて、謝って。
星井美希
叱る人、呆れる人、怒る人。ときには、下衆な罵りまで受けて。
星井美希
想い合ってのことなのに何故、と思いながらも、その後ろで一緒に頭を下げて回った。
星井美希
彼と二人であることができるのならば、と。
星井美希
だけど、そこまでして結ばれたのに、幸せだと思えたのは、ほんの僅かの間。
星井美希
彼はそれからもプロデューサーであり続けた。自分の反対を、押し切って。
星井美希
その忙しさは、よく知っている。かつては自分もその中にいたのだから。
星井美希
彼が、できるだけ二人で居れるよう、時間を作ってくれるのは解っていた。
星井美希
でも、それは望んでいたよりも遥かに少なくて、物足りなくて。
星井美希
代わりに、昔の自分と同じように、誰かを手塩にかけていると思えば、とてもやりきれなかった。
星井美希
くさくさした心は言葉の棘を生み、それがお互いを傷付け、口論を繰り返して。
星井美希
そんな日々に疲れ果てて、今日を別れの日にしようと決めた。
星井美希
駅への途中、最後の未練を振り切るように、スマホを確かめようとして、虚しく手が空を掻く。
星井美希
…離婚届と一緒にテーブルの上。色々と考えていたから、気付かず置き去りにしてきてしまった。
星井美希
流石にあれが無いと不便だった。仕方ないと思い、タクシーを拾って、家へ引き返す。
星井美希
車から降り、玄関を開けて、目の前の光景に胸を衝かれた。
星井美希
いつも整然と並べられた靴が、乱雑に蹴散らかされている。
星井美希
リビングに戻れば、彼の大事な仕事鞄が放り出され、離婚届はどこかに消えていた。
星井美希
ああ…。戻ってきてくれたんだ…。
星井美希
テーブルの離婚届を見つけて。何もかもを放り出して、自分を追いかけようと、雨の中へ。
星井美希
それこそが、言葉より何より、彼の心を雄弁に語っている。
星井美希
…本当は、最初から全部解っていた。
星井美希
彼が頭を下げて回ったのは、ただ迷惑を詫びるだけではなかった。
星井美希
愛しか知らぬ少女を庇うために、すべての罪を自分が被り、矢面に立つしかなかったのだ。
星井美希
彼が仕事に身を削ったのも、自分の穴を埋める人材を育て上げるため。
星井美希
それが、星井美希という稀代のアイドルを摘んでしまったことに対する、彼なりの贖罪だった。
星井美希
贖罪が済んだその時こそ、二人の時間が始められると。どこまでも、彼は真剣だった。
星井美希
…どうして自分は、彼の真心から目を背けていたのだろう?
星井美希
親鳥の羽のように包まれながら、その愛は雛のようで、それを認めることができなくて。
星井美希
最後の最後に、ようやく自分の幼さに目を向けることができた。
星井美希
このままで終わりたくない。終わっていいはずがない。
星井美希
言いたい言葉がある。伝えたいことがある。
もう一度…もう一度!
星井美希
その思いに衝き動かされて、凍雨の中へ飛び出していた。彼の後を追うように。
星井美希
まるで十五の少女のようにべしょべしょと顔を濡らして、ひたすらに暗い道を走った。
星井美希
どこにいるの、どこにいるの、と何度も彼を呼びながら。