
ロコ
屋上の扉は、いつか触れた時と比べて、少し重くなったような気がする。

ロコ
扉の軋むような音に、レイカが振り向いた。そして、柔らかく微笑む。

ロコ
「レイカ、そろそろシアターに戻らないと」

北上麗花
「『分かりあえないことは、悲しいことではありません』だって」

ロコ
「え?」

ロコ
レイカは困り顔で俯くと、くるりと反転して歩き始めた。柵の向こうには、冬の街と、青空。

ロコ
ああ、今のは。

ロコ
今のはきっと、プロデューサーの言葉だ。

ロコ
彼が亡くなって10日経った今日、高木社長によって、一人ひとりに手紙が渡された。

ロコ
近づいて隣に立つと、レイカはさっと顔を上げた。釣られて、冬の空を見上げる。

ロコ
まばらな薄い雲がゆっくりと身じろぎして、その周囲は突き抜けるほどに青い。

北上麗花
「いい天気だね」

ロコ
レイカの快活な声が、下から聞こえてくる。

ロコ
「ええ、グレイトな……

ロコ
「ええ、グレイトな……え、下?」

ロコ
──瞬間、足場が揺らいだ。

ロコ
必死でレイカの頭にしがみつく。悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたかった。

ロコ
「レ、レイカ。降ろして

北上麗花
「ねえ、ロコちゃん」

ロコ
肩車への非難は、朗らかな呼び掛けによって上書きされた。

北上麗花
「……うーん。ロコちゃん、あんまり重くないね」

ロコ
かと思えば、声のトーンは尻すぼみに落ちていく。

ロコ
肩車の意味は……なんだろう。地に足をつけるための、重さが必要だったのかもしれなかった。

ロコ
レイカは、どこか遠くを眺めている様子だった。

ロコ
顔を上げてみると、レイカの肩の上からの景色は、さっきまでと少し違って見えた。

ロコ
「ここからのスカイは、とってもニアですね」

北上麗花
「びっくりした?」

ロコ
「少し。でも、悪くないディスタンスです」

ロコ
風が吹いた。左右に分かれたレイカの髪が、さらさらと流れて、思わず身を竦める。

北上麗花
「悲しくなんてないですよ」

ロコ
──その声が、

北上麗花
「あの日からずっと」

ロコ
その声が、あまりにも優しかったから。

北上麗花
「今だって……」

ロコ
ほんのちょっと、視界が歪んで、それから、レイカはゆっくりと歌い始めた。

ロコ
踊るように飛び出した歌が、風にさらわれて広がっていく。

ロコ
冬の冷気は音楽を包んで、弾ける。粒子は風のなかに溶けて、すぐに見えなくなる。

ロコ
レイカの歌は、いつもより緩やかなテンポで響いている。

ロコ
少し震えた、それでも伸びやかな声は、ぐんぐんと飛翔していく。

ロコ
──ああ。

ロコ
例えばこの歌が、いつか終わってしまうとして。

ロコ
例えば今日という日が、いずれ終わってしまうとして。

ロコ
例えば、例えばひとりの人間の、掛け替えのない時間が終わってしまうとして。

ロコ
それでも、今感じられる風色の軌跡は、まるで階のようにここに在るのだろう。

ロコ
触れ合えないけど、確かにそこにある。残滓の性質は、どこか記憶に似ていた。

ロコ
流れる雲、冬の風、そして青空。思えば自由は、こんなにも近くに寄り添っている。

ロコ
どんな場所だって、風のありかを持っている。私たちが感じ、見つけさえすれば。

北上麗花
「……ありがとう。帰ろっか、ロコちゃん」

ロコ
「はい。シアターで、みんなが待ってます」

ロコ
くすん、と小さな音が響いた。
(台詞数: 50)