ラパン・アジルで待ってる
脚本家
瑞名子路
投稿日時
2020-01-19 11:53:28

脚本家コメント
あなたのうさぎは何色ですか。

コメントを残す
ロコ
小さな丘陵まで伸びるなだらかな坂を登って、そのカフェはちょうど海を見渡せる位置にある。
ロコ
店内には、フランスかぶれのお爺さん店主と、私のふたり。数分の後には、きっとあともう一人。
ロコ
私は今日ここで、友人と会う予定だった。もう半年会っていなかったけれど、十年来の友だちだ。
ロコ
彼女は今日、自身の単独ライブのチケットを渡しにやって来る。
ロコ
私は、それを待っている。
ロコ
風が、雲を踏みしめるような音をたてて、次いで窓を揺らしたので、私は思わず外に目を向けた。
ロコ
住宅地の向こうには、広い海があって、そのまた向こうには、もっと広い空がある。
ロコ
真っ青な遠景の中心で、昼の月がぷかり、と泡のように浮かんでいる。
ロコ
乳白色のカプセルの中には、一匹のうさぎが横たわっている。
ロコ
あのうさぎは、もう死んでしまったのかなあ、なんて考える。
ロコ
すると、ぐったりしていたうさぎは急に眼を開いて、私の方をじっ、と見つめた。
ロコ
その眼はなんだか、勝手に殺すんじゃあないよ。と不満そうに見えた。
ロコ
仕方ないじゃないですか、と独りごちる。だって私は選んでしまったのだから。
ロコ
選ぶということは、たくさんのものを失わなくてはいけないということなのだ、きっと。
ロコ
かつて大事に抱えていたそのうさぎも、いつしか解き放たなくてはいけなくなって……
ロコ
今の私は、遠くへ行ってしまったうさぎに対して、責任を果たさなければならないのだ。
ロコ
それが、生きるということなのだ。大人の中ではまだ初心者な私には、よく分からないけれど。
ロコ
その証拠に、こうして窓を介さなければ、うさぎを視認することすらできないではないか。
ロコ
うさぎが跳ねる。遥か遠くで、何度も何度も飛び跳ねている。
ロコ
太陽の光を風が反射して、その軌跡を足で弾きながら、まるで歌うようにして跳ね続けている。
ロコ
その光景が、なんだかあたたかいものに感じられて。
ロコ
思わず涙が溢れそうになったけど、ぐっと堪える。
ロコ
どういうわけか、私はあのうさぎにだけは涙を見られたくなかった。
ロコ
右の腕で、朧気な視界を拭って、世界をクリアにする。もう一度、空を見上げる。
ロコ
決して触れることはできないけれど、私が心から願えば、そのうさぎは現れる。
ロコ
あの楽しかった日々には絶対に戻れないけれど、私は今でも、一匹のうさぎを想うことができる。
ロコ
うさぎが止まる。風にそそのかされたようにうさぎが口を開く。うさぎが私に語りかける。
ロコ
さあ、目をとじて。
ロコ
言われるがままに瞑目する。
ロコ
言われるがままに瞑目する。
うさぎの声は、それっきり。
ロコ
言われるがままに瞑目する。
うさぎの声は、それっきり。
それでも、私は予感している。
ロコ
そう遠くはない再会と、私のリスタートを。だって、もう立ち止まってはいられない。
ロコ
これから彼女に相対するのだから。私は、仲間に対して誇れる自分でいたいのだ。
ロコ
遠くのラパン・アジルを想いながら、今、この場所で。どうせなら、精一杯耳を澄ませよう。
ロコ
扉のベルが微笑むように鳴り響いて、その波紋は私の耳にもしっかり届いた。
ロコ
足音はゆっくりと近づいて来る。私は背を向けて待っている。
ロコ
彼女はまず、無言で私の向かい側に座るかもしれない。
ロコ
あるいは後ろから肩を叩いて、一言声を掛けようとするかも。
ロコ
彼女と目が合ったとき、私はどんな表情で、何を話すだろうか。
ロコ
失ったものは二度と戻らない。けれど、記憶だけは過去を証明してくれる。
ロコ
私が幸せだったこと。そして、あなたが隣に立っていたこと。ふたりで笑い合ったこと。
ロコ
私が愛した、そして過去に置いてきた、白くて小さな一匹のうさぎは、きっと。
ロコ
きっと彼女が持っている。私は一枚のチケットで、それを確かめに行くのだ。
ロコ
足音が止まる。無音にそそのかされたように記憶が口を開く。私が私に語りかける。
ロコ
さあ、目をひらいて。