萩原雪歩
培養液の入ったプラスチックのコップに透明結晶の種を浸けてから、かれこれ10日が経った。
萩原雪歩
雑貨屋で購入したのは『透明結晶の育成キット』。これで結晶を育てることができる……らしい。
萩原雪歩
箱の中には『結晶の素』という名前の粉と種(軽石のようなもの)、それにコップが入っていた。
萩原雪歩
やり方として、まず『結晶の素』をコップに入れ、湯で溶かしつつ攪拌。その後、種を液に浸ける。
萩原雪歩
あとは待つだけ。大体2週間で収穫するのが理想らしい。
萩原雪歩
ちなみに種の大きさはウズラの卵大。
萩原雪歩
現在、そこから3cmくらいの水晶のような六角柱の透明結晶が幾本か伸びている。
萩原雪歩
「でも、思ってた感じに育ってないかも……」
萩原雪歩
私が育てている結晶は、やや不格好というか、全体的にバランスが崩れているというか。
萩原雪歩
明日の夜、事務所でクリスマスパーティーが開催されるので、そこで披露したかったのだが……。
萩原雪歩
「綺麗に育てて、みんなに見せたかったなぁ……」
萩原雪歩
──その日の夜、水晶の森を歩く夢を見た。
萩原雪歩
静かな夜だった。透き通る木々は全て六角柱で、水晶越しに見た月は鈍い光を放っていた。
萩原雪歩
しばらく歩くと、森の“終点”らしき場所に行き当たった。
萩原雪歩
水晶の木々がひしめき合う幻想的な空間。
萩原雪歩
その中央に、私の背丈より少し低い程度の台座があった。
萩原雪歩
台座の上には、1冊の本。
萩原雪歩
重厚で、見るからに貫禄のある本だ。
萩原雪歩
何の気なくそれを手に取った、その時。
萩原雪歩
突然、音もなく水晶の森は砕け散った。
萩原雪歩
粉々になった水晶は風に乗って宙を舞い、月に照らされ、輝いて……。
萩原雪歩
それはまるで、雪のようで。
萩原雪歩
それはまるで、華のようで。
萩原雪歩
いや、違う。
萩原雪歩
私は知っている。これに似た光景を。
萩原雪歩
これに似た光景を、どこかで……体験している。
萩原雪歩
「桜……」
萩原雪歩
そうだ……。
萩原雪歩
記憶に蘇ったのは、子供の頃に父と手を繋いで見た、桜花の舞う光景。
萩原雪歩
『物語は、いつだって誰かの心の中に。』
萩原雪歩
そう告げる誰かの声を聞きながら……私はまた、夢の中で眠りに落ちた。
萩原雪歩
────
萩原雪歩
明朝、目覚まし時計の音で目が覚めた。
萩原雪歩
不思議な夢を見た気がする。まさか結晶(水晶だっけ?)があんなに……。
萩原雪歩
「……結晶!?」
萩原雪歩
ぼうっとする頭を無理やり覚醒させ、ベッドから這い出て、テーブルに置いてある結晶を見る。
萩原雪歩
「……すごい」
萩原雪歩
それは夢で見た森を小さくしたような……完璧な透明結晶。
萩原雪歩
昨日までと違い、私が思い描いていた通りの形で成長していた。
萩原雪歩
現実にこんな事がありえるのか、と目を疑いたくなった……が。
萩原雪歩
「痛ひですうぅ……」
萩原雪歩
頬を抓ってみて、ここは現実だと確信する。
萩原雪歩
何はともあれ、見事に育成成功。
萩原雪歩
培養液から結晶を取り出し、雑貨屋で買った口の大きな瓶に慎重に移し替え、コルクを閉める。
萩原雪歩
言い忘れていたが、今日はクリスマスイブであり、私の誕生日でもある。
萩原雪歩
「ようやく完成……ですぅ!」
萩原雪歩
キットの入っていた箱の底には、まるで誂えたかのようにLEDライトまで付属されていた。
萩原雪歩
無論、購入した瓶もクリスマス仕様。
萩原雪歩
瓶の中、緑色の光に当てられて浮かび上がるミニチュアなクリスマスツリー。
萩原雪歩
……やっぱりクリスタルツリーにしよう。神秘の輝きを放つ、奇跡の賜物だから。
(台詞数: 50)