萩原雪歩
世は聖夜に向けての前夜祭であり、人によっては前哨戦。
萩原雪歩
夕刻、私は仕事を終え、プロデューサーが運転する車の助手席から外の景色を眺めていた。
萩原雪歩
普段は雑多な街が、そこかしこに施されたイルミネーションによってカラフルに彩られている。
萩原雪歩
別に前夜祭なんてやらなくても──と子供の頃は愚痴を漏らしていたものだったが……。
萩原雪歩
今となっては、私も道行く俗人と同じように浮ついている。
萩原雪歩
アイドルになって環境が変わったからか、それとも大人になって余裕を持つようになったからか。
萩原雪歩
いずれにせよ、現状は幸せなので満足している。
萩原雪歩
「そうだ、携帯……」
萩原雪歩
今日は格別に仕事が忙しくて、すっかり確認を忘れていた。
萩原雪歩
『お仕事お疲れ様です。今年も事務所でパーティーを行いますので、奮ってご参加くださいね』。
萩原雪歩
液晶画面に映る小鳥さんからのメッセージを見て、思わず頬がゆるむ。
萩原雪歩
最早、毎年恒例となったクリスマスパーティー兼、私こと萩原雪歩の誕生日会。
萩原雪歩
私なんかを祝ってくれるなんて言葉では言い表せないほど嬉しいが──。
萩原雪歩
「あ……」
萩原雪歩
フロントガラスに数滴の雨粒が落ちた。
萩原雪歩
予報では、夕方から夜更けまで断続的に降り続けると言っていたが、見事に的中したようだ。
萩原雪歩
それも、私達が事務所に到着する頃には、より一層、雨足を強めていた。
萩原雪歩
「風邪ひくから」と、プロデューサーは車内に常備してあった傘を私に寄越し、ドアへ手を掛ける。
萩原雪歩
「あの……!」
萩原雪歩
私は咄嗟に彼の袖を掴んだ。
萩原雪歩
「ま、まだちょっとだけ時間あります……よね?」
萩原雪歩
そう言って、私はバッグの中から綺麗にラッピングされた袋を取り出し──。
萩原雪歩
「あの、これ……メ、メリークリスマスですぅ!」
萩原雪歩
そして、両手で持ったそれを勢いよくを突きつけた。
萩原雪歩
チャンスは今しかないと思った。
萩原雪歩
事務所に戻ってしまえば、渡す機会も勇気も無くなってしまうだろうから。
萩原雪歩
「うぅ……」
萩原雪歩
物を渡すだけだというのに、心臓が張り裂けそうになる。
萩原雪歩
理由は言わずもがな。いくらプロデューサーとはいえ、私の苦手な「男の人」なのだ。
萩原雪歩
趣味も嗜好もいまいち理解できない、得体の知れない生物なのだ。
萩原雪歩
なのに何故、気に入られようと努力をするのか。
萩原雪歩
何故、恥ずかしさで顔が熱くなるような思いをしなければならないのか。
萩原雪歩
短い沈黙の後、プロデューサーは袋を受け取り、口を開いた。
萩原雪歩
「ありがとう。ごめんな」と。
萩原雪歩
「雪歩の誕生日なのに──」。そこまで言い掛けた彼の口に、私は人差し指を当てた。
萩原雪歩
何故、か。それは──。
萩原雪歩
「いいんです。私は……好きで、やってるんですから」
萩原雪歩
下手で迂遠な言い回し。それでも、やっと紡ぐことができた告白だった。
萩原雪歩
アイドルになって環境が変わった。あんなにダメダメだった私が立派な大人になった。
萩原雪歩
ずっと、ずっと、そう思っていた。
萩原雪歩
「えへへ、泣き虫でごめんなさい」
萩原雪歩
「やっぱり私……まだまだ、みたいですぅ……」
萩原雪歩
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萩原雪歩
空を見れば、先刻までの雨は雪に変わりつつある。
萩原雪歩
あれほど張り裂けそうだった心も、今では随分と穏やかなもの。
萩原雪歩
12月24日、夕暮れ。この後の予定はクリスマスパーティー兼、私こと萩原雪歩の誕生日会。
萩原雪歩
私なんかを祝ってくれるなんて言葉では言い表せないほど嬉しいが──。
萩原雪歩
世は聖夜に向けての前夜祭であり、人によっては前哨戦……らしい。
萩原雪歩
どうやら今年の私は、どちらにも“参戦”するようだ。
(台詞数: 49)