萩原雪歩
すっかり乾いた通学路を、思い出しながら辿っている。
萩原雪歩
使わなくなった今でも、毎日歩いていた場所は覚えているものだ。
萩原雪歩
この角を曲がると、駅につくはずだった。長い時が経って、駅がどう変わってるのか楽しみだ。
萩原雪歩
時の流れを感じようと、私が角から顔を出すとその待ちあわせの名所であった駅は
萩原雪歩
全体的に茶色かった。
萩原雪歩
これ以上なく錆びていた。まあ当たり前。こんな場所、世話をする意味も人も無い。
萩原雪歩
切符を買わずに改札を通ると、すぐにホームに出る様な小さな駅だった。
萩原雪歩
来ない電車を待つのも風流かも知れないが、今日はあの電車に確実に乗りに来たのだ。
萩原雪歩
こういう場合、電車はどこにしまわれているのだろう。私はホームから降りて線路を辿った。
萩原雪歩
背徳的だ。
萩原雪歩
歩いている内にこの状況を紹介しておこう。
萩原雪歩
この街は普通の街だった。しかし、なぜか色んな事があって。
萩原雪歩
一度水で埋め尽くされ。
萩原雪歩
そのしばらく後、こうして乾涸びた。
萩原雪歩
ほとんどの人間は近寄る事は無いだろう。きっと嫌なことしか思い出さない。
萩原雪歩
さて、私はこの小さな電車で学校に通っていた。乗っていたのはいつも私を含めて二人。
萩原雪歩
あ、運転手は除いての話。だからこの電車が、あの人との思い出の象徴だ。
萩原雪歩
他人が得意でなかった私は、最初はそのたった一人の同乗者さえ怖かったけれど。
萩原雪歩
その恐怖が、いつか別の感情に変わって行ったのだろう。
萩原雪歩
それから、二人で良く会うようにもなったけど、待ちあわせはいつも駅で出発は電車だった。
萩原雪歩
二人には共通点があって、それはあんまり現実が好きでは無いという事だった。
萩原雪歩
生きていくしか無い現実を前に、時々二人で逃げるように変な場所に行っていた。
萩原雪歩
変な場所と言っても、この街の外なら何でもそう見えた。些細な非日常を感じて、
萩原雪歩
二人で想像を話し合って、馬鹿にしあっていた。幸せだった。
萩原雪歩
だからこそ、この現実に絶望することは決して無かった。
萩原雪歩
だから、この前が沈むと聞いた時、そこまで落ち込まなかったのかもしれない。
萩原雪歩
でも、あの人はそうじゃなかった。思っていたよりずっと、この街を好いていた。
萩原雪歩
ここに残ると言い出した時は、私は生まれて人を怒鳴った。長い間喧嘩をした。
萩原雪歩
私はあの人と離れるのは怖かったが、同じくらいここに残るのも恐ろしかった。
萩原雪歩
一緒に居たいとは、言えなかった。そんな覚悟はなかった。
萩原雪歩
出会わなけば良かったと思った。この電車を呪った。
萩原雪歩
あの時勇気を出して話しかけた事を、口を開いたことを後悔した。
萩原雪歩
……
萩原雪歩
どれくらい歩いただろうか。電車は道端に置き去りにされていた。茶色い。
萩原雪歩
私から旅人へワンポイントアドバイス。線路は歩きにくい。
萩原雪歩
扉は開いていなかったので、綺麗に無くなっている窓からなんとかよじ登って乗車した。汚れた。
萩原雪歩
いつもの席に座ると、いつものように目を閉じた。動いていないと変な感じがする。
萩原雪歩
最後の夜、同じように二人で揺られていた。
萩原雪歩
色々な事を話した、昨日の夢のこと、何世紀も後の未来の事、ありもしない二人の未来の事。
萩原雪歩
だけど、決して明日の話はしなかった。いつものように、現実は絶対に見なかった。
萩原雪歩
降りた後は、いつものように「また明日」と言おうとして、止めようとして、結局言った。
萩原雪歩
あの人も同じように返した。そこで別れて、いつもの様に帰った。雨は降っていなかった。
萩原雪歩
私は、今でも二人の未来を夢見る時がある。
萩原雪歩
そんな事はあり得ない。知っている。
萩原雪歩
私は今も昔も現実を生きている。こんな所にいる暇は無い。知っている。
萩原雪歩
この電車は二度と動かない。知っている。
萩原雪歩
渇き切った街にある。
萩原雪歩
錆だらけの駅の向こうの。
萩原雪歩
置き去りにされた空の電車の中。
萩原雪歩
今は一人で、揺られている。
(台詞数: 50)