菊地真
「明けたねー、梅雨」
萩原雪歩
「あー、そうだね。これからまた暑くなるのかな?」
萩原雪歩
私の学校の創立記念日と、体育祭の代休がたまたま合わさって出来た四連休。
萩原雪歩
私は、数ヵ月前まで住んでいた故郷に帰ってきていた。
菊地真
「はあ、これからしばらく肌色の小麦で過ごすのかなあ」
萩原雪歩
連休二日目の土曜日、私が帰ると行ったら駆けつけてくれた幼なじみ。
萩原雪歩
二人で幼い頃一緒に遊んでいた近所の河で涼むことにしたのだ。
菊地真
「せっかくだし一句読むね」
萩原雪歩
「数ヵ月の間に文学に目覚めたの?」
菊地真
「なつくさや つわものどもが ゆめのあと」
萩原雪歩
「それ聞いたことあるよ、良くないよ他人のを勝手に使っちゃ」
菊地真
「きっと正夢だね。とりあえずこの句にどのような思いが込められてるのか聞いてよ」
萩原雪歩
彼女はいつも強引で、そしていつも不器用だった。きっと今も、私を元気付けようとしてるのかも。
菊地真
「夏はね、クサヤなんだよ」
萩原雪歩
「流石に芭蕉さんに謝ろうよ、一緒に行ってあげるからさ」
菊地真
「それはそうと雪歩のイントネーションってさ」
萩原雪歩
彼女はいつも強引で、もしくは久しぶりの再開を喜んでくれているのかもしれない。
萩原雪歩
私も、久しぶりの彼女のペースに巻き込まれることをどこかで喜んでいた。
菊地真
「カメラと同じで良いんだよね」
萩原雪歩
「えー……と」
萩原雪歩
心の中で、自分の名前とカメラを交互に発音して……
萩原雪歩
「うん、何でいきなりそんなこと言い出したかは置いといて、そんな感じかな」
菊地真
「真はサンバと同じイントネーションだよ!」
萩原雪歩
ここ数年で最も驚いた瞬間だった。
菊地真
「これだけ仲良くても……お互い知らないことってあるんだね」
萩原雪歩
「いやあ、今更感慨深い話にするのは無理があるかなぁ」
菊地真
「夏ってさ……何だと思う?」
萩原雪歩
この子は時々こんな事を言う。
萩原雪歩
私をからかっているのかもしれないし、もしかしたらか感受性が豊かなだけかもしれない。
萩原雪歩
いやまあ、本当に只その場で思ったことをただ口にしてる説が濃厚だけど。
萩原雪歩
いずれにせよ、彼女のそんな外れた所を楽しんでいる私もきっと同じようなものなんだ。
萩原雪歩
「何か夏に不満でもあるの?」
菊地真
「梅雨が明けて、晴れてて暑かったらそれで夏なのかな」
萩原雪歩
この子の疑問に答えるのはとても難しい。きっと本に載ってる答えは求めていないし。
萩原雪歩
私はいつもこうして、質問で返して彼女の反応を面白がっていた。
萩原雪歩
「じゃあ、 今夏じゃなかったらなんなの?」
菊地真
「いやいや、今は夏だよ!でもちょっと前までは夏じゃ無かったんだよ!」
萩原雪歩
「もうそれ真ちゃんのさじ加減だよね」
萩原雪歩
今度はサンバと同じイントネーションになるように注意して呼んだ。
菊地真
「あ!今唐突に分かったよ!夏の正体!」
萩原雪歩
他人を巻き込んだあげくに結局一人で解決すてしまう。そういう所も私は……
菊地真
「きっと雪歩が連れてきたんだね、夏」
萩原雪歩
「……」
萩原雪歩
そうやって顔を覗きこまれて、この数ヵ月で忘れていたことを色々思い出した。
萩原雪歩
彼女はいつも強引で、不器用で、他の人と違って……そういうところを私は、
萩原雪歩
面白がっていただけじゃなかった。さっきも自分で言ってた、巻き込まれるのが嬉しいと。
菊地真
「ね、夏休みも帰ってくる?」
萩原雪歩
…………
萩原雪歩
「あ、うん!約束!」
萩原雪歩
夏が始まる音がした。
(台詞数: 50)