木下ひなた
……あ、伊織さんに志保ちゃん、ちょうどいいとこにいたべさ。
水瀬伊織
なあにひなた。またお野菜のおすそ分けを貰えるのかしら。
北沢志保
……意外です。伊織さんは望めば大抵のものは手に入るでしょうから。おすそ分けを喜ぶなんて。
水瀬伊織
あのね、お金の問題じゃないわ。ひなたのご家族の真心を受けることに価値が有るの。
木下ひなた
あの伊織さん。今日は自分で育てたシシトウなんだわ。ベランダで作ったんよ。
北沢志保
シシトウですか。夏らしいですね。自分で育ててみる発想は無かったですけど。
水瀬伊織
でもあれ、たまにすごく辛いのが混ざってるのよね。見た目で区別でもできないのかしら。
木下ひなた
それは食べてみんとねえ……でも、手を掛けて世話すると、ひねくれた実になりにくいんよ。
北沢志保
手を掛ける、ですか……
木下ひなた
そうだわ。栄養や水が足りないと辛いのが出てくるから。こまめに見てあげんとダメだわ。
木下ひなた
今年は暑くて雨も少ないし。畑と違ってプランターでは水も溜まらんから、大変だわ。
水瀬伊織
ひなたお母さんなら、シシトウも素直に育ちそうね。じゃあチャチャッと炒め物でも食べたいわ……
北沢志保
……
水瀬伊織
……あ、やっぱり味噌煮の方がいいわね。ひなた、お願いできるかしら。
木下ひなた
うん、ちょっと待っとってね。出来上がったら持ってくるから。
北沢志保
……年下のひなたに料理までお願いしますか。それもわざわざ時間の掛かるメニューを。
水瀬伊織
話しかけるの後にしてちょうだい。今メールしてるから。……よしOK。
水瀬伊織
……別に自分でやっても良かったわよ。アンタが何か言いたそうな顔してなかったら、やってたわ。
北沢志保
……
水瀬伊織
……おおかた、ひなたの話と自分の家庭環境を重ねちゃったんじゃないの?親が手を掛ける云々で。
北沢志保
……そうかもしれません。
北沢志保
……母は尊敬してますし、感謝してます。私達を養ってくれるし、愛情も注いでくれます。
北沢志保
それだけに、父への感情は複雑です……嫌っているのか慕っているのか、自分でも分かりません。
北沢志保
ただ……せめてそばに父が居てくれれば、母が遮二無二働くことも無く、一緒の時間も増えるかも。
北沢志保
……親離れできていない証でしょうか。肯定したくないですが、今暫くは親との時間が欲しいです。
水瀬伊織
……それで、親に手を掛けてもらってない自分は、素直さが足りないかもって考えたり?
北沢志保
そこまでは言ってません!
北沢志保
……嘘です。ちょっと思ってます。やよいや可奈と自分を比べると……そうかもしれません。
水瀬伊織
アンタも難儀な性格ねえ。言いたいことを言うようになれば、妙な悩みも無くなるでしょうに。
北沢志保
私はこういう性質です。だいたい、我慢や聞き分けの良さも無ければ、やっていけないです。
水瀬伊織
はいはい。……あ、ひなたが戻ってきたみたいよ。机くらい準備するわよ。
木下ひなた
……お待たせだわ。味噌炊きも美味しそうだねえ。伊織さん、名古屋に行ってから好みになったけ?
木下ひなた
……ああそれと、伊織さんにお届け物って、新堂さんさ来とるよ。
水瀬伊織
ご苦労、新堂。ごめんねお買い物お願いしちゃって。注文したものは有ったかしら?
北沢志保
……さっきメールしてたのは、そのことですか。
水瀬伊織
さてと。いつも貰ってばかりでは心苦しいし、ひなたにお返しよ。お野菜のお礼はお野菜でね。
木下ひなた
わあ、立派なトマトだねえ。綺麗な形して、うちの畑のとはちょっと違うべさ。
水瀬伊織
フルーツトマトって言うのよ。凄く甘くて美味しいんだから、感謝しなさい。
北沢志保
……高級そうなトマトですね。それも農家の方が、たっぷり水と栄養をあげて作ったんですね。
水瀬伊織
まあ普通はそう思うわよね。
水瀬伊織
まあ普通はそう思うわよね。……でも逆よ。フルーツトマトは極力水を与えず育てるの。
水瀬伊織
厳しい環境に置くとね、トマトが自分で甘くなるの。子孫を残すため実に栄養を蓄えて。
木下ひなた
手を掛けなくても育つんかねえ。不思議な話だべさ。
水瀬伊織
結局ね。厳しい環境でもちゃんと育つ子は育つの。みんながみんな環境で悪くなるわけじゃないわ。
北沢志保
……その話をするために、トマトを持ってこさせたんですか?
水瀬伊織
なんの話かしら?私はひなたにお礼したかったのと、薀蓄披露したかっただけよ。
北沢志保
……恵まれた環境で育っても、ひねくれちゃうことも有るんですね。
水瀬伊織
ちょっと志保、何を言いたいわけ?
北沢志保
……別に。口にしたシシトウが、ちょっと辛かっただけですよ。
(台詞数: 49)