北沢志保
木漏れ日溢れる森の奥にぽつりと建つ、小さくてお洒落なお店。
北沢志保
カランカランと扉に付いたベルを鳴らしたなら、木の温もりに包まれた店内。
水瀬伊織
「ん……。あら、いらっしゃいませ」
北沢志保
年配で渋いマスターではなく、欠伸を噛み殺した可愛い女の子が挨拶をする。
北沢志保
「……」
水瀬伊織
「どうしたの?」
北沢志保
「……あ。い、いえ。なんでもないです」
北沢志保
覗き込む女の子。少し不思議な光景に、まるで時間がゆっくりになっていくような感覚。
水瀬伊織
「ふぅん? まあいいわ。席はどこでもご自由に。でも窓際がオススメよ」
北沢志保
「は、はあ」
北沢志保
流されるまま窓際の席に座る。
水瀬伊織
「さてと、ご注文は何がいい? メニューはないけど大抵何でも作れるわよ」
北沢志保
「えっと……。それじゃあ珈琲、ください」
北沢志保
変わった注文の形式に躊躇いつつも、無難に答える。
水瀬伊織
「珈琲ね。かしこまりました♪」
北沢志保
どうやら従業員は彼女しかいないらしい。
北沢志保
流れている音楽に合わせて、カウンターの向こうでハミングを歌っている。
水瀬伊織
「はい、お待たせしました」
北沢志保
家の手伝いなのだろうか? 好奇心に身を委ね、尋ねてみる。
北沢志保
「あの……どうして、こんな辺鄙なところで喫茶店をやってるんです?」
水瀬伊織
「辺鄙なところの方がいいからよ」
北沢志保
「答えになっていないような……」
水瀬伊織
「それ以上は秘密。でもね、これだけは言っておくわ」
水瀬伊織
「私の瞳はいつだって未来を見通しているの」
水瀬伊織
「それでいて、その内側では大きな野望の火がメラメラと燃えているのよ♪」
北沢志保
「野望?」
水瀬伊織
「そう。今は雌伏の時ってやつね。にひひっ」
北沢志保
自信に満ち溢れた……不安なんて一抹も感じさせない笑顔。
北沢志保
私は決意した。
北沢志保
「あ、あのっ」
水瀬伊織
「なにかしら?」
北沢志保
「あ、あの、ここで……」
北沢志保
「……」
北沢志保
「……いえ。珈琲、美味しかったです。ごちそうさまでした……」
水瀬伊織
「そ。お粗末さまでした」
北沢志保
意気地無しだった。
北沢志保
――――――
水瀬伊織
「あら、いらっしゃい。最近よく来るわね」
北沢志保
「あのっ、ここで働かせてくださいっ!」
北沢志保
一瞬の時を止めた、開口一番の精一杯。
北沢志保
それも、ひと月ほど店に通い続けた後だった。
水瀬伊織
「ふぅ、まったく……。遅いのよあんたは」
北沢志保
「え?」
水瀬伊織
「伊織よ。よろしく」
水瀬伊織
「今日から私は店長。あんたはメイド。しっかり頑張りなさいよねっ。にひひっ」
北沢志保
「あの……?」
水瀬伊織
「なによ? まさかあれだけ言いかけておいて、私が気付いてないとでも思ったの?」
北沢志保
「……!」
水瀬伊織
「……ばか」
北沢志保
赤面しながら何度も謝る姿が、そこにはあった。
(台詞数: 50)