豊川風花
疲れていた。
豊川風花
そう、あの時の私は身も心も疲れきっていたのだ。
豊川風花
日々の業務、諦めたはずの昔の夢、院内の閉塞感、漠然とした将来への不安、重い胸。
豊川風花
そういったものを抱えたまま生きるのに疲れていたのだ。
豊川風花
そんなある日、夜勤明けの帰りのバスの中で不意にこんな言葉が心に浮かんだ。
豊川風花
そうだ
豊川風花
そうだ ナイル
豊川風花
そうだ ナイル、行こう。
豊川風花
そうだ ナイル、行こう。
豊川風花
こうして私はエジプトへと旅立った。
豊川風花
そして
豊川風花
あの占い師と出会ったのだった。
四条貴音
「もし、そこのあなた。」
豊川風花
「えっ、私ですか?」
四条貴音
「私には分かります。あなた、ブラジル人ですね?」
豊川風花
「違います。日本人です。」
四条貴音
「ふふ……そう、実は日本人。私には分かっていました。」
豊川風花
「じゃあなんで最初ブラジルって……」
四条貴音
「あなた、悩みがおありでしょう?私には分かります。」
豊川風花
「あの、どうしてブラジルって言ったんですか?」
四条貴音
「私はこの街で占い師として生きる者。少し私の話を聴いていかれませんか?」
豊川風花
「日本人なのに、ブラジルって。」
四条貴音
「そう焦らず。ナイルの流れのように穏やかな気持ちで私の話を聴くのです。」
豊川風花
「でもブラジルって。」
四条貴音
「私の村にこんなことわざがあります。」
四条貴音
「あまり寝過ぎると腰にくる。」
豊川風花
「…………。」
四条貴音
「おや、どういう意味か量りかねているようですね。」
四条貴音
「では教えて差し上げましょう。このことわざの意味は……」
四条貴音
「そのままの意味です。人間、寝過ぎると腰にくるものですよ。」
豊川風花
「…………。」
四条貴音
「ふふ、良い顔になってきましたね。」
四条貴音
「ではここで一旦休憩です、最高級の紅茶とちくわ笛の演奏でおくつろぎください。」
豊川風花
「…………。」
四条貴音
「ふふ。そうです、紅茶もちくわ笛も本当は用意していないのです。」
四条貴音
「この程度では揺らぎませんね。実にお見事です。」
四条貴音
「今のあなたなら大丈夫でしょう。抱えた悩みに臆さずあなたの人生をお進みなさい。」
豊川風花
「…………。」
四条貴音
「では最後に、はなむけとしてこの言葉を送ります。」
四条貴音
「この国に古くから伝わる言葉です。きっとあなたの人生を拓く助けになるでしょう。」
四条貴音
「いいですか?では心静かに聴いてください。」
豊川風花
「…………。」
四条貴音
『どうしたいか
四条貴音
『どうしたいか、だけでいいんだよ。』
豊川風花
「…………!」
四条貴音
「伝わったようですね。」
豊川風花
「はい……!」
豊川風花
こうして私は、アイドルになる決心をしたのだった。
(台詞数: 48)