四条貴音
「…どうやら、うまく収まったようですね。」
最上静香
ステージの上を眺めていると、いつの間にか貴音さんが私のそばに来ていた。
最上静香
…うまく収まった、か。仲間たちにもみくちゃにされている琴葉さんを見れば、私にもそう思える。
最上静香
そこには、先日までの悲壮さがすっかり抜け落ちた、普段通りの琴葉さんの姿があった。
最上静香
「…そういえば、恵美さんには何を言ったんですか?」
最上静香
エレナさんと一緒にあの輪の中にいる恵美さんも、琴葉さんを立ち直らせる助けとなったはす。
最上静香
貴音さんの言葉がそのきっかけとなったのならば、私もそれを聞いてみたいと思った。
四条貴音
「特別なことは何も。ただ『自分一人の想いだけに固執せず、仲間と話し合いなさい』と。」
最上静香
…なるほど。恵美さんは、琴葉さんを止めようと躍起になっていたものね。
最上静香
だけど、『灼熱少女』の仲間と話し合うことで、何か変化があったということかしら。
最上静香
結果から見れば、それが琴葉さんを救うひとつのきっかけとなったのは間違いない。
最上静香
『灼熱少女』は、至近距離でお互いの気持ちをぶつけ合って、絆を深めていくユニットなのね。
最上静香
少し距離を置きながらも、強く繋がっている『クレシェンドブルー』とは、また違った絆の形。
最上静香
自分たちが負けているとは思わないけど、それは素敵なものであると、私の目には映った。
最上静香
「…そういえば、貴音さんは『ARRIVE』のエレナさんのために動いていたんですよね?」
最上静香
私は、ふと思いついたことを、貴音さんに投げかけてみた。
最上静香
今見ている光景。これは、エレナさんが望んだものに一番近い形になったのではないかと思って。
四条貴音
「ふふっ…。見事な洞察。その通りです。」
四条貴音
「もっとも、わたくし程度の手助けをどうこう言うなら、瑞希などは完全に共犯となりますが。」
最上静香
「…瑞希さんが?どういうことですか?」
四条貴音
「瑞希は、もしエレナが事叶わず敗れ去った場合、決勝で琴葉を迎え撃つ覚悟だったのですよ。」
四条貴音
「もちろん、静香に言ったことも、嘘ではありません。」
四条貴音
「静香の実力を認め、どちらが上に立っても琴葉と対峙できると信じての行動です。」
最上静香
私は、貴音さんの説明する事実にショックを受けていた。
最上静香
瑞希さんが、自分の勝利よりも、劇場の仲間である琴葉さんやエレナさんを優先していたなんて。
最上静香
「そんな事情があったんですね。それなのに、私は…。」
最上静香
それに比べて私は、ただ自分のことだけに必死で、精一杯だった。
四条貴音
「…気に病むことはありませんよ。」
最上静香
自分を責める私にかけられた貴音さんの言葉は、優しさを含んでいた。
四条貴音
「あなたにもまた、救おうとした人がいたのです。そこに、何の違いがありましょうか。」
最上静香
私は、志保のことを思い出した。たしかに、それはその通りだけど…。
四条貴音
「それに、わたくしが静香を励ましたのは、それが瑞希の意志でもあったからです。」
最上静香
思いがけないことを言いながら、貴音さんはふっと笑った。
四条貴音
「あなたが逆境に委縮したまま準決勝に臨めば、瑞希自身の成長も望めなかったでしょう。」
四条貴音
「瑞希もまた、あなたの底力に期待したうえで、それを自らの糧としようとしていたのです。」
四条貴音
「ですから、手加減も遠慮も無く、あの勝負は疑いようもない程の正々堂々なのですよ。」
最上静香
貴音さんの話に、私は何のリアクションも返せなかった。
最上静香
まるで自分が、とんでもなく重い物を背負ってしまった。そんな感じがして。
最上静香
出場者のそれぞれに想いがあって、私はそれを乗り越えて、ここまで上ってきたんだって。
最上静香
「…だったら、決勝戦は負けるわけにはいけませんね。」
最上静香
意地と絞り出した勇気で、なんとか口に出した言葉。それが私の決意表明だった。
四条貴音
「ふふっ…。真、あなたは強くなりましたね…。」
最上静香
嬉しそうに、本当に満足そうに。貴音さんは笑った。
四条貴音
「琴葉は仲間との絆を取り戻し、一回り大きくなりました。ですが、それは静香も同じ。」
四条貴音
「どちらの手に勝利は舞い降りるのか…決勝戦、楽しみにしておりますよ。」
最上静香
貴音さんは優雅に一礼すると、踵を返した。
最上静香
そして、二、三歩足を進めて立ち止まり、こちらを見ないまま。
最上静香
その口から紡がれたのは、私が再起を誓ってから、ずっと待ち望んでいた言葉だった。
四条貴音
「最上静香。私と桃子は、あなたを待っていますよ。…さらなる高みで。」
最上静香
再び歩き始め、遠くなっていく背中を、私はただ無言で見つめ続けていた。
(台詞数: 50)