最上静香
貴音さんの後についてしばらく歩くと、劇場の小道具を置いてある部屋へとたどり着いた。
最上静香
中に入ると、薄暗い中に埃っぽい匂いが漂って、むわっと鼻をつく。
四条貴音
「このような所で申し訳ありませんが…人に聞かせたくない話ですので。」
最上静香
人目を避けてまでする話なんて…。一体、何かしら?
四条貴音
「静香。わたくしは、あなたに助力するつもりです。」
最上静香
それは、思いがけない手助けの申し出だった。疑問が口からこぼれ出るくらいに。
最上静香
「…どうして助けてくれるんですか?」
最上静香
貴音さんは、これまで積極的に手助けしてくれることはなかった。
最上静香
私の気付かないことを教えてくれることはあったけど、それは私が観客だったときだけ。
最上静香
それなのに、急にこんなことを言い出したのには、何か理由があるはず…。
最上静香
貴音さんは私の問いに対して、わずかな沈黙の後、その口を重たそうに開いた。
四条貴音
「…罪滅ぼし。いえ、帳尻合わせですね。」
四条貴音
「この大会に波乱をもたらしているのは、やはり琴葉ということになるのでしょうが…。」
四条貴音
「そもそもの原因は、わたくしにあるのですよ。」
最上静香
貴音さんが?…まさか!?
最上静香
「琴葉さんに教えたんですか!?あんな、無茶なことを…!」
四条貴音
「教えたと言うよりは、盗まれたと言った方が正確ですが。」
最上静香
貴音さんは、ふっと中空を見上げると、平坦な声で語り続ける。
四条貴音
「事の始まりは第一回における桃子と美希の決勝戦、そのすぐ後のことでした。」
四条貴音
「実力の差が歴然とした美希と互角に渡り合った桃子。その力に目を付けた者がおりました。」
最上静香
「琴葉さん…。」
四条貴音
「…はい。琴葉は桃子の許へ何度か話を聞きに来たそうです。」
四条貴音
「年下の自分に教えを乞うという熱意に打たれ、桃子は懇切丁寧に、琴葉の問いに答えました。」
四条貴音
「桃子は元々理論派。感覚的なものを可能な限り言葉に変え、琴葉に伝えたと聞いています。」
四条貴音
「美希との一戦で桃子が発揮した力は、実は二種類のもの。」
四条貴音
「ひとつは、自分の集中を極限まで高め、力を余すところなく引き出す術…。」
四条貴音
「千早は『境地』と呼んでおりましたか。巷では『ぞおん』とも言うそうですが…。」
最上静香
「…もう一つは『限界を超える力』ですね?」
四条貴音
「はい…。」
最上静香
貴音さんが、まるで苦しんでいるかのように眉をしかめる。
四条貴音
「しかし、その時点では、琴葉は確たるものを掴むには至りませんでした。」
四条貴音
「琴葉自身も、あくまで観念的なものとして、心に留めておく程度だったのでしょう。」
四条貴音
「それを実際に行う者を、目の当たりにしてしまうまでは…。」
最上静香
実際に行った。桃子と同じような力を発揮して。その人物に、私は心当たりがあった。
最上静香
「貴音さん、ですね。」
四条貴音
「…はい。わたくしは、あずさや響との激戦で、『その力』を頼りました。」
四条貴音
「迂闊にも、それを見て琴葉が確信を得てしまうなどは、露ほども考えずに…。」
四条貴音
「琴葉はやがて独力で『その力』に到達し…その後は、静香も知っての通りです。」
最上静香
…貴音さんの話を聞いて、私はしばらく考えていた。
最上静香
その最中、不意に閃いたことがある。
最上静香
貴音さんも、桃子も、琴葉さんも、それぞれに原因はあっても、責めようがないことで。
最上静香
だから、貴音さんは『罪滅ぼし』という言葉を引っ込めたのかと。
最上静香
では『帳尻合わせ』とは何?何を…誰をもって帳尻を合わせる?
最上静香
…そんなことは、考えるまでもないわね。
最上静香
どうしてこの数日、行く先で貴音さんに出会ったのか。
最上静香
私は、品定めされていたのね…。
最上静香
貴音さんが再び口を開いたとき、そこから発せられた言葉は、私の予想と寸分も違わず…。
四条貴音
「静香。あなたに『限界を超える力』の使い方を伝授しましょう。」
最上静香
…ただし、その後に続いた言葉は、完全に私の予想を裏切っていた。
四条貴音
「…その正しい使い方を。」
(台詞数: 50)